患者さんへ

腎癌

腎がんはどのような病気ですか?

腎臓にできる悪性腫瘍の一つです。腎臓は背中側にあり左右に2個ある臓器で、体内の水分量を調節し、また、血液中の毒素を排出するために尿をつくっています。腎がんは、腎臓にある尿をつくる細胞から発生した悪性腫瘍で、腎細胞がんとも呼ばれます。日本では毎年、人口10万人あたりで男性は10.5人、女性は5人が腎がんと診断されています。男性に多く発生します。腎がんになりやすい因子としては①喫煙、②肥満、③高血圧などが関与しているとされています。また、腎がん患者さん全体からみればかなり少数ですが、遺伝的な要素が関連して腎がんを発症する人もいます。とはいえ、腎がんは喫煙、肥満、高血圧の人が必ずかかる病気ではなく、偶発的に発症する人が多いです。

どのような症状が出ますか?

腫瘍が小さい場合は無症状ですが、腫瘍が大きくなってくると①血尿(尿に血 が混じる)、②腹部腫瘤(腹部がはれる、しこりが触れる)、③疼痛(腹部、脇腹、背中が痛む)などの症状がでます。昔は①〜③の症状が出てから腎がんがみつかることが多かったのですが、超音波検査やCT検査などの画像検査が発達した近年では、人間ドックや他の病気の検査中に偶然みつかるケースが増えています。

どのような検査が必要ですか?

腎がんには腫瘍マーカーが無いため血液検査や尿検査のみで診断することはできません。また胃がんや大腸がんと違い、がんを内視鏡で観察することはできません。腹部超音波検査や腹部の造影CT検査、MRI検査などの画像検査で、特徴的な結果が得られれば腎がんと診断します。特徴的な結果で無い場合は、生検(腫瘍に針をさして採取した組織を顕微鏡で調べる)を行うこともあります。画像検査で腎がんと診断されると、他の臓器(肺やリンパ節、肝臓、骨)に転移していないかをCTなどで確認します。

腎がんの進行度はどうやって評価するのですか?

腎がんと診断された場合は、どのような治療を行うのが最適であるか方針を決定するために腎がんがどの程度進行しているか調べる必要があります。がんが腎臓だけに存在し、腎臓の中に留まっている場合は早期となりますが、がんが腎臓の周りに浸潤しているか、リンパ節や他の臓器に転移を起こしている場合は、所謂進行がんになります。腎がんでは進行度(病期といいます)は4段階に分けられ、それぞれステージ1, 2, 3, 4と表現されます。大まかに分類すると以下のようになります。

腎癌の病期(ステージ)

ステージ1 がんが腎臓のなかにとどまり、大きさが7cm以下
ステージ2 がんが腎臓のなかにとどまり、大きさが7cmより大きい
ステージ3 がんが腎臓の外に広がっているが腎臓を包んでいる脂肪は通り越していない。腫瘍が太い血管の中に入り込んでいるなど
ステージ4 他の臓器に転移がある。がんが周りの臓器に直接広がり浸潤している状態

もう少し詳しく説明しますと、腎がんの患者さんがどのステージに当てはまるかを決定するには、3つの因子について知る必要があります。それは、①原発巣の状態、②所属リンパ節に転移があるかどうか、③他の臓器に転移があるかどうか、です。

まず①原発巣の状態についてですが、これはがんの発生した腎臓の局所的な進行度のことです。具体的には、がんの大きさや、がんが腎臓を直接飛び出して周囲の臓器に浸潤しているかどうかです。腎臓の周囲にはGerota筋膜(ジェロータ筋膜)とよばれる脂肪を含んだ組織があり、腫瘍がGerota筋膜内までにとどまるか、そうでないかということも進行度を決定するのに重要な情報です。

次に、②所属リンパ節に転移があるかどうか、です。所属リンパ節とは、腎臓の近くにある転移を起こしやすいリンパ節のことです。腎臓の所属リンパ節は腎臓の血流を支配する腎動脈、腎静脈周囲にある腎門部リンパ節と、腎臓の近くの大動脈、下大静脈周囲に存在します。リンパ節に転移があるかどうかは主にCT検査でリンパ節が通常の大きさより大きいかどうかということで判断します。

最後に、③他の臓器への転移があるかどうか、です。腎臓以外の他の臓器とは、脳や肺、肝臓、骨や所属リンパ節以外のリンパ節等が挙げられます。これら3つの因子について、TNM分類という国際的な分類があり、 これらの組み合わせで治療前のステージ(臨床病期)が決まります。
Tは原発巣、Nは所属リンパ節の状態、Mは他の臓器に転移があるかどうかという因子です。
以下に詳細を記載します。

  • T一原発腫瘍
  • TX 原発腫瘍の評価が不可能
  • T0 原発腫瘍を認めない
  • Tl 最大径が7cm以下で,腎に限局する腫瘍
    • T1a 最大径が4cm以下
    • T1b 最大径が4cmをこえるが7cm以下
  • T2 最大径が7cmをこえ,腎に限局する腫瘍
    • T2a 最大径が7cmをこえるが10cm以下
    • T2b 最大径が10cmをこえ,腎に限局する腫瘍
  • T3 主静脈または腎周囲組織に進展するが,同側の副腎への進展がなくGerota 筋膜をこえない腫瘍
    • T3a 肉眼的に腎静脈やその他区域静脈(壁に筋組織を有する)に進展する 腫瘍,または腎周囲および/または腎洞(腎孟周囲)脂肪組織に浸潤する が、Gerota筋膜をこえない腫瘍
    • T3b 肉眼的に横隔膜下の大静脈内に進展する腫瘍
    • T3c 肉眼的に横隔膜上の大静脈内に進展,または大静脈壁に浸潤する腫瘍
  • T4 Gerota筋膜をこえて浸潤する腫瘍(同側副腎への連続的進展を含む)
  • N-所属リンパ節
  • NX 所属リンパ節転移の評価が不可能
  • N0 所属リンパ節転移なし
  • Nl1 個の所属リンパ節転移
  • N2 2個以上の所属リンパ節転移
  • M-遠隔転移
  • M0 遠隔転移なし
  • Ml 遠隔転移あり

TNMの三要素が決まることで以下のステージが決まります。

ステージ - 病期分類(I,II,III,Ⅳ)

I期 TlN0M0
II期 T2N0M0
Ⅲ期 T1N1M0
T2NlM0
T3aN0,NlM0
T3bN0,NlM0
T3cN0,NlM0
Ⅳ期 T4Nに関係なくM0
Tに関係なくN2 M0
Tに関係なくNに関係なくM1

どのような治療方法がありますか?

腎がんの治療はステージにより異なりますが、腎がんは放射線治療や抗がん剤(がん細胞の分裂を妨げて増殖を遅くしたりする薬剤)は有効でないことが多いとされています。そのため手術によってがんを完全に取り除いたり、また、完全に取り除けなくてもがんの量を減らすという治療が重要になることがあります。ステージ別に治療方法を記載します。

ステージI

がんは腎臓内にとどまっています。そのため、腫瘍を完全に切除する治療が必要になります。代表的な治療は手術療法です。手術は全身麻酔下に行われます。従来では腎臓を腫瘍ごと摘出する根治的腎摘除術がよく行われましたが、現在では比較的小さい腎がん(4㎝以下)については腫瘍のみ切除して正常の腎組織を温存する腎部分切除術が増加しています。根治的腎摘除術のメリットはがんを取り残すリスクが低いことや、術後の合併症(出血や尿が腎臓の周りに漏れる)が少ないことが挙げられます。一方、デメリットとしては正常な腎組織も一緒に摘出するため、術後の腎機能低下率が比較的大きくなります。腎部分切除術のメリットはがんのみを切除するため、周囲の正常な腎組織は温存されます。そのため術後の腎機能の低下率は低く抑えられます。デメリットとしては腫瘍に切り込んだりするリスクがあったり、根治的腎摘除術では起こりにくい術後の合併症(がんの切除部位からの出血や尿が腎臓の周りに漏れる)が起こるリスクがあります。がんを治すという目的は同じですが、患者さんの全身状態や、腫瘍の状況などにより開腹手術(腹部を比較的大きく切って行う手術)か腹腔鏡手術(手術の傷は小さく、内視鏡を用いて行う手術)を選択します。最近では、患者さんによっては手術支援ロボットを用いて腎部分切除を行っています。ステージIでは手術療法が標準治療になりますが、全身麻酔が困難な患者さんについては体外から針を腫瘍に刺して焼いたり、凍らせたりする治療(ラジオ波または凍結療法)を他の専門施設にご紹介しています。

ステージII

がんは腎臓内にとどまっていますが、ステージIよりは大きくなっており、腎部分切除術は困難なことが多いです。そのため、標準的な治療は根治的腎摘除術になります。

ステージIII

ステージIIIはやや複雑な状態です。①がんは腎臓内から腎臓周囲のGerota筋膜内に浸潤している、②がんが腎臓の中の腎洞と呼ばれる部位の脂肪組織に浸潤している、③がんは腎臓内にとどまっているが所属リンパ節に1つ転移がある、④がんが腎静脈(腎臓から心臓に血液を戻す血管)や下大静脈(腎静脈から心臓を繋ぐ太い静脈)の内部に腫瘍の塊(腫瘍栓)をつくっているという4つの状態のいずれかの場合です。患者さんの状態にもよりますが、原則として手術でがんを含む組織をすべて摘出することを目指します。所属リンパ節に転移がある場合は、転移リンパ節も摘出します。

ステージIV

ステージIVは、がんが腎臓や所属リンパ節以外の臓器に転移をおこしていたり、がんが腎臓からGerota筋膜の外まで浸潤している状態です。他の臓器に転移がある場合でも、がんのある腎臓を摘出して体内の腫瘍量を減らすことで、病状の進行を遅らせることができるといわれています。しかし、どんな患者さんでも手術することがベストというわけではなく、患者さんの体力や転移病巣の大きさ、転移巣の場所などを踏まえた総合的な判断が必要です。手術で腎臓を摘出することが困難な場合や、他臓器へ転移している場合は、お薬による治療があります。

腎がんに対して様々な抗がん剤で治療が試みられてきました。しかし、腎がんの細胞は抗がん剤が細胞内に入ってきても、すぐに排出してしまうという特性があるためなかなか有効な薬剤はみつかりませんでした。1980年代になり、インターフェロン、インターロイキンと呼ばれる免疫力に作用するお薬による治療(免疫療法)が有効であることがわかり、2000年代までおこなわれていました。免疫療法は肺転移に対しては一定の効果がありましたが、それ以外の転移部位には有効でないことが多いことが課題でした。2000年代になって分子標的薬という新たな薬剤が開発され、臨床応用されました。腎がんはがんの周囲に新しい血管を作って(血管新生)自分に栄養を取り込み大きくなっていくといわれています。分子標的薬は、血管新生やがん細胞の増殖に関わる重要な分子の働きを邪魔して、がんの進行を遅らせる作用があります。日本では2008年にソラフェニブというお薬を使用することができるようになりました。腎がんの薬物療法は「免疫療法の時代」から「分子標的薬の時代」に移りました。現在、日本ではソラフェニブ、スニチニブ、エベロリムス、テムシロリムス、アキシチニブ、パゾパニブという6種類の分子標的薬を用いることが可能です。
これらのお薬により、ステージ4の患者さんの生存率は年々向上しています。分子標的薬はこれまでの免疫療法と比べて有効性が高い反面、それぞれの薬に特徴的な副作用があります。ソラフェニブ、スニチニブ、アキシチニブ、パゾパニブは血管新生を阻害するタイプの分子標的薬ですが、代表的な副作用として血圧が上昇する、手足の皮膚が荒れる(手足症候群)、甲状腺機能が低下する、傷が治りにくくなる(創傷治癒遅延)。などがあります。また、エベロリムス、テムシロリムスは細胞の増殖をつかさどるmTOR(エムトール)とよばれるタンパクを阻害するタイプの分子標的薬ですが、下痢や血糖値が上昇する、血中のコレステロール値が上昇する、間質性肺炎などの副作用が起こり得ます。治療薬の種類が増えることは治療選択肢が増えることであり、患者さんにとっては有益である一方、どの薬をどのような順番で使っていくか、副作用が患者さんにどのような影響を与えるか予測しながら治療を行うことは、いくらか困難も伴います。「分子標的薬の時代」の中、2016年にはさらに新たなメカニズムで腎がんに対する治療効果を発揮する免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブを使用できるようになりました。インターフェロンやインターロイキンによる従来の免疫療法は、効果や副作用の面から分子標的薬に主役の座を譲りましたが、ニボルマブは新たなメカニズムで効果を発揮する免疫療法薬剤です。一般に、体内に発生したがん細胞は患者さん自身の免疫力によって攻撃され、死んでしまいます。がん細胞を直接攻撃するのT細胞というリンパ球です。がん細胞はT細胞からの攻撃から逃れるため、その表面にPD-L1という分子を発現させます。このPD-L1がT細胞表面にあるPD-1という分子と結合すると、T細胞はがん細胞を攻撃できなくなるとされています。ニボルマブはPD-1に対する抗体であり、PD-1とPD-L1が結合するのを妨害することで、T細胞ががん細胞を再び攻撃できるようにします。ニボルマブのようなメカニズムをもつ薬剤を免疫チェックポイント阻害薬といいます。ニボルマブは臨床試験において、分子標的治療薬による治療が有効でなくなった患者さんにも治療効果を発揮しました。2018年にはニボルマブにイピリムマブという免疫チェックポイント阻害薬を併用する治療方法が保険適応になりました。これらの薬剤の使用については条件があります。ニボルマブについてはこれまでに分子標的薬による治療が行われ、それが有効でなくなった患者さんが対象です。ニボルマブ、イピリムマブ併用療法についてはこれまでに薬物療法をうけたことがない患者さんで、病状の進行が速く、より生存率が低いと懸念される患者さんが対象になります。免疫チェックポイント阻害薬は有効性が高い一方、分子標的薬とは違った特徴の副作用が起こり得ます。
免疫に作用する薬剤であるため、副作用も過剰な自己免疫による正常組織の障害により発生すると推測されています。代表的な副作用としては全身倦怠、吐き気、下痢などがあります。稀ですが重篤な副作用として脳炎、間質性肺炎、重症筋無力症、心筋炎、1型糖尿病、消化管穿孔などが挙げられます。

腎がんの治療成績は?

ステージ1のような早期がんでは、手術療法のみで9割以上は再発なく経過します(5年非再発率90%以上)。他方、進行した状況で発見された場合では、分子標的薬などの治療を受けても根治は難しい状況ですが年々生存率は向上しつつあります。

当科での腎がん治療の状況は?

当科では、腹腔鏡手術や腎部分切除術を積極的に行っています。また、腫瘍が大きな血管の中にある場合でも心臓血管外科医の協力のもとで根治手術を行っています。さらに、転移巣を切除することで患者さんが元気に過ごせる時間が長くなると期待できる場合は、呼吸器外科医や脳外科医に依頼して、積極的に転移巣切除を行っています。また、転移巣の局所の症状を制御するには放射線科と協力して放射線治療を行うことが有効である場合もあります。外科的な切除が難しい場合では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬も用いて治療を行っています。お困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。