患者さんへ

前立腺肥大症

前立腺は精液の一部である前立腺液をつくるのが主な役割で、加齢とともに線維筋性に肥大をきたし腫大した状態を前立腺肥大症といいます。直接生命への危険はありませんが、夜中、トイレに起きる回数が増えたり、尿の切れが悪くなり生活の質を低下させる病気です。
軽い症状であれば一般の開業医の先生や内科の先生に相談されても診断や治療ができるガイドラインもできています。重症の場合は手術が必要となることもありますので、自分がどの程度の前立腺肥大症なのかを確認しておく必要があります。これまで標準的な手術の方法とされてきたのは経尿道的前立腺切除術(TUR-P)とよばれる内視鏡手術です。経尿道的手術の歴史はすでに30年以上で、最近の内視鏡や周辺器械などの発達は目まぐるしいものがあります。最近では低侵襲な治療法としての手術が多く行われていますが、TUR-Pはゴールド・スタンダードとして現在でも主流の治療方法です。その中で1996年頃より欧米を中心に始まり当科でも前立腺肥大症に対する標準術式としているのが、「ホルミウム・ヤグレーザーによる前立腺核出術」(HoLEP)であります。

前立腺とは・・・

男性にしかない骨盤内の臓器で、精液の一部である前立腺液を作製している臓器です。前立腺の中央に尿道があり膀胱と接するように存在します。通常はクルミ大と表現され、10~20mlの容積と言われています。

前立腺肥大症とは・・・

中年以降の男性にみられる疾患で前立腺が大きくなることにより尿道を圧迫し尿の出が非常に悪く(排尿障害)なります。その他に尿が近い(頻尿)、夜何度もトイレにおきる(夜間頻尿)、尿をした後もすっきりしない(残尿感)、尿が一気に出ない(尿線途絶)、尿がしたいと思うと我慢できない・漏れる(切迫性尿失禁)などの症状を来す良性疾患です。人によって程度は様々です。排尿状態の最も不良な状況は全く尿がでなくなり(尿閉)、さらに腎臓からの尿も出なくなった状態で尿毒症(閉塞性腎不全)になります。

前立腺癌との鑑別・・・

血液検査でPSA(前立腺特異抗原)の値を確認します。通常は4ng/ml未満ですが、前立腺が非常に大きくなるとそれだけで高くなることもあります。PSAが高い場合には、MRI検査や前立腺生検(組織検査)を施行し、癌が存在するかどうかを調べます。

治療の選択の基準

  • 排尿状態アンケート(IPSS・QOL)
  • 尿流量検査
  • 残尿測定
  • 超音波検査
  • 膀胱機能検査(内圧尿流検査)
  • MRI

内圧尿流検査について

内圧尿流検査とは、膀胱内圧、直腸内圧(腹圧)、排尿筋圧(膀胱内圧から直腸内圧を引いた値を機器が自動的に算出します。)を測定し、排尿時の尿流率と排尿筋圧を評価し、下部尿路閉塞の有無・程度、膀胱収縮機能を評価する検査です。排尿時のみではなく、排尿までの畜尿期の圧測定も行うため、畜尿機能(尿がどれだけためられるか)も同時に検査することが可能です。それぞれの圧を測定するために膀胱・直腸へ細いカテーテルを留置します。当院ではHoLEPを受けられる予定の方は基本的にこの検査を受けていただき、術後の排尿機能の改善が期待できるかを判断してから手術を行っております。(一部排尿機能の改善が期待できない場合でもご本人に利益があると判断すれば手術を施行する場合があります。) ただしこの検査は比較的侵襲度が高い検査であり、血尿や感染などの合併症を引き起こすことがあります。)

HoLEP(ホルミウムレーザー前立腺核出術)について

前立腺肥大症(BPH: Benign Prostatic Hyperplasia)に対する外科的治療 現在までに様々な低侵襲手術が世界中で開発されてきました。その中で、標準術式とされてきたのは電気メスを用いた経尿道的前立腺切除術(TUR-P)であります。近年それを様々な点で凌駕する術式としてホルミウムレーザーを用いた前立腺核出術(HoLEP)が開発され当科でも2005年より導入し良好な手術成績を得ております。

HoLEPの特徴(TUR-Pとの違い)  

  • ホルミウム・ヤグレーザーを用いることで切開と止血が同時に可能になります  
  • 出血が少なく基本的に輸血を必要としません  
  • 穿孔を来す合併症が少ないため潅流液によるTUR症候群が少なくなります  
  • 大出血の危険がないのでこれまで手術ができなかったり、開腹手術が必要だった患 者さんにも適応の範囲が広がりました  
  • 手術後の患者さんの痛みが少ない  
  • 尿道にカテーテルを挿入する期間は、TUR-Pの平均5.8日に対して大幅に短い   1.8日  
  • TUR-P同様、保険診療で行われます  
  • 治療成績はTUR-Pと同様です  
  • 術後の一過性の尿失禁の頻度はTUR-Pと変わりはありません

手術方法

まず、軟性膀胱鏡を用いて尿道の先端から膀胱内までを順に確認します。レーザー用の硬性内視鏡(外径8.7mm)を使用し、体に吸収されても問題が無いとされる灌流液を流しながらホルミウムレーザーを用いて外科的被膜と腺腫の間をミカンの実と皮をはがすように剥離していきます。腺腫本来は一つの塊であるが、はがしやすいように3つに分けます。完全にはがれた腺腫を膀胱の中に落とします。出血部位がレーザーで止血しにくい場合は電気メスを一部用い止血を追加します。落とした腺腫はすでに血液が流れていないため出血することなく回収できます。しかし、そのままでは大きすぎて内視鏡の中を通らないので、膀胱の中でモーセレーターという特殊な器械を用いて切除・吸引して体の外へ取り出します。取り出した組織に癌細胞などが含まれていないか病理組織検査に提出します。通常より太く、膀胱の洗浄ができる特殊なバルーンカテーテルを膀胱まで挿入し手術を終えます。

被膜下前立腺摘出術

麻酔:全身麻酔

適応:20年程前は全ての肥大症になされていた時期もあった。現在は100ml以上の大きな前立腺肥大症に行われることがある。 特徴:開放手術(下腹部を正中で切開)。術後のカテーテルの留置期間が10日前後必要。指での剥離となるため出血量が多い。入院期間は14-21日程度。

TUR-P

麻酔:腰椎麻酔 適応:術者の技量によるが60mlまでの肥大症が安全に行える範疇と思われる。世界中で標準的にされている内視鏡手術。

特徴:電気メスでの切開は被膜近くまで切開すると穿孔を起こしやすい。腺腫が残存することが多い。前立腺が大きくなればなるほど時間もかかり出血量も多くなる。術後カテーテル留置期間は4-7日が多い。早期に抜去すると電気メスの影響が強く出る。入院期間は10-14日程度。

尿道ステント法

麻酔:腰椎麻酔もしくは無麻酔 適応:異物のため尿路感染が無い方。全身状態が良くない方。合併症が多く手術ができない方。 特徴:前立腺部の尿道が手術したかのように広くなり排尿が可能となる。交換するタイプのものと永久的なものとがある。出血した場合・感染を起こした場合の処置が困難。入院は不要か短期のことが多い。 合併症 出血: 前立腺の大きさが80mlを超えてくると、手術中の出血が多くなることがあります。出血が多いときは輸血が必要になることもあります。一度止血され血管を覆っていた凝固組織が血管の表面からはがれると再度出血することがあります。これを後出血といいます。多くの場合、バルーンカテーテルを引っ張ることによる圧迫で止血しますが、どうしても止まらないときは、再度手術室に戻り内視鏡で止血することもあります。出血、あるいは、穿孔で実際に開腹手術が必要になることは数百例に1例程度であり、極めてまれです。 穿孔: 切除中に外科的被膜に孔(あな)があくことがあります。そこから灌流液が体内に吸収され、その量が多いと血液が薄まり嘔気などが出現することがあります。大きな穿孔では、開腹して穿孔部を閉鎖したり、体内に漏れた灌流液を回収するためのドレンを留置することもあります。

膀胱損傷: この手術特有な合併症ですが、膀胱の中に落とした腺腫を回収するモーセレーターという器械が膀胱の粘膜などを吸引してしまうと膀胱に孔があくことがあります。大きな損傷でなければバルーンカテーテルを通常より長目に(1週間ほど)留置しておけば自然に閉じますが、大きな損傷の場合は開腹しての修復が必要となります。

尿失禁: HoLEPでは尿道括約筋(おしっこを我慢する筋肉)の大きな損傷は少なく、ひどい尿漏れは少ないです。また手術後、軽度の腹圧性尿失禁が起こることもありますが、時間経過とともに改善することが多いです。

尿道狭窄: 内視鏡操作による尿道粘膜の傷が瘢痕になり、尿道が狭くなる(狭窄)ことがあります。部位としては手術した部位ではなく尿道の出口(外尿道口)に最も多く発生します。排尿状態が改善していたのに、術後早期に排尿困難が再度出現したときは本症を疑います。外来での治療が可能な尿道拡張術で治療できる場合がほとんどですが、内視鏡での切開が必要になることもあります。

逆行性射精: 膀胱と前立腺の境(膀胱頚部)を開く手術では、ほぼ必発の現象です。射精した精液が膀胱に戻りあとで尿と一緒に排出されます。性交不能になるわけではありません。

その他: まれに脳梗塞、肺梗塞、狭心症、心筋梗塞など主として高齢者に多い血管疾患が発症することがあります。いつでも起こりうることがたまたま入院中に発症したものです。手術を直接の原因とするものではありません。ただし、緊張・血圧の変化・安静などが誘因となっているかもしれません。

一般的な術後経過と処置

全ての方に当てはまるわけではありません。状況・状態に応じて経過は異なりますので、医師、看護師に御確認下さい。

安静

翌朝までベッド上で安静です。麻酔の効果が薄れてきて足が動かせるようになってもできるだけ安静を保って下さい。特にお腹に力(腹圧)がかからないようにして下さい。安静に伴い腰が痛くなりますが、適宜体位変換を看護師がします。それでもつらい時はナースコールして下さい。翌朝看護師もしくは担当医から歩行の許可がでます。

持続膀胱洗浄

カテーテルからの尿が出血のため赤くなり、カテーテルが血液でつまると手術した前立腺の部位から出血しやすくなります。それをできるだけ防止するために灌流液を流し薄くし、尿と一緒に排出させます。通常は翌朝まで流しておきます。

持続膀胱洗浄

疼痛と尿意

手術による疼痛はほとんどありませんがカテーテルから尿が排出されているにもかかわらず、『尿がしたい』と感じることがあります。これはカテーテルの刺激によるもので、坐薬を使用すると緩和されます。つらい時は看護師あるいは担当医に言っていただければ対処いたします。

飲水と食事

手術後3時間目から飲水は可能です。翌日朝よりベッド上で座って食事がとれます。 血液検査と点滴 採血は帰室時と手術翌朝にします。出血の程度・灌流液の吸収の程度を確認します。時に再検査する場合もあります。点滴は翌日午後まであります。抗生物質は発熱・尿の混濁具合にもよりますが最低3日間は点滴することが多いです。

カテーテル抜去

翌々日(第2術後日)朝、血尿が強く無ければ留置してあるカテーテルを抜きます。カテーテル抜去後はできるだけ水分を摂取して下さい(目安は尿量として2000mlは出るように飲水して下さい)。

その後の排尿状態

必ずお部屋のトイレで排尿して下さい。1回量を確認します。血尿は確実に出ますが、排尿痛などは無いかたが多いです。一時的に尿が漏れることがありますので、尿取りパッドをあらかじめ用意されておくと良いと思います。何度もパッドを交換しなければならない方は漏れている量を計測して頂くこともあります。基本的には日数が経つにつれて排尿はさらに良好になっていきます。

尿流量測定と残尿測定

カテーテル抜去後1ないし2日目に2階の泌尿器科外来で手術前に検査したように尿の勢いを確認する検査をします。その直後に超音波検査で残尿がどの程度か検査します。その検査が終了した時点で退院となります。

病理結果

外来で結果をお話しします。一般的に摘出標本を顕微鏡で確認すると約3%ほどの方に癌が存在するとされています。

退院後の留意点

  • 水分摂取
  • 禁止事項(術後1ヶ月間の予定):アルコール、自転車、バイク、トラクター、性交

退院されてからも水分は多めに取って下さい。前立腺をおおう尿道粘膜も同時に切除されているため、粘膜が再生してくるまでは尿道からの出血・肉眼で確認できる血尿は必ず出ます。血尿が強く気にされる方には止血剤を処方することもありますが、原則、内服薬は不要です。重たいものを持ったり、自転車・バイクに乗ることなどで股に刺激が加わる行為をしたり、アルコールを飲んだり、性交することは出血する可能性が高いために最低1ヶ月間は禁止とします。肉眼で確認できる血尿が無くても顕微鏡的には血尿を認めることが多いので目安は1ヶ月後の尿検査となります。

今後の検査

退院されて初めての外来は尿検査で血尿・感染の有無を確認します。

手術後1ヶ月目、3ヶ月目

  • 尿流量検査(できるだけ尿をためて来て下さい)と残尿測定
  • アンケート

以降半年、1年、2年、3年、5年目と尿の状態を尿流量検査と残尿測定検査とアンケートで確認させて頂きます。