コラム

医療と医学

2022.06.09

Lhermitteの研究の変遷 ―脊髄損傷から悪魔の憑依まで―

カンファレンスでLhermitte徴候,すなわちフランスの医師Jacques Jean Lhermitte(1877-1959;図左)の名を冠した神経徴候の話をしました.Lhermitte先生はCharcot学派のPierre Marie先生の助手を務め(Charcot-Marie-Tooth 病やラクナ梗塞等で有名です),サルペトリエール病院では臨床部長も務めました.また神経病理学の分野でも活躍しました.とくに脊髄損傷の研究を行い,頸部を他動的に前屈させると項部から背部正中に沿って上から下に電撃痛が走り,ときに下肢まで放散する現象(Lhermitte徴候)を見出しました.じつはこの徴候,1917年にMarieら,1918年にBabinskiらによっても記載されています.最終的にLhermitteの名前が冠されたのは,MarieやBabinskiの報告はほとんどが脊髄損傷で,病因も屈曲時の神経根への圧迫とだけ述べられているのに対し,Lhermitteは多発性硬化症やその他の様々な脊髄疾患における所見を記述し,その病態を詳しく検討したためです(Beçhet病や頚椎症性脊髄症,放射線脊髄症などでも認めます).またLhermitteの名前を関した病名・症候群もたくさんあります(Lhermitte-Duclos病など).

興味深いことにLhermitteは,その後の研究テーマを人間の精神や高次脳機能障害にシフトさせていきます.具体的にはカタプレキシー,視覚異常,幻肢などの難解な現象に取り組みました.Lhermitte's peduncular hallucinosisという言葉がありますが,これは中脳幻覚症のことす.1922年に意識を保ったまま,鮮やかでカラフルな純粋視覚幻覚について報告しています(図中央は以前当科から報告した中脳幻覚症のスケッチです).また最近,1950年代の未発表のメモ(図右)が発見されましたが,なんと「悪魔の憑依」を研究しています(背景として宗教に関連したトラウマが議論されています).Lhermitteの学術的関心はその人生において大きく変化したことが伺えます.一度の人生,Lhermitteのように,好きな勉強に思いっきり取り組みたいと思いました.

Chu DT et al. Jacques Jean Lhermitte and Lhermitte's sign. Mult Scler. 2020;26:501-504.
Drouin E, et al. Demonic possession by Jean Lhermitte. Encephale. 2017;43:394-398.
美しい幻覚-中脳幻覚症-(http://www.med.gifu-u.ac.jp/.../column/observation/007.html

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