コラム

脊髄小脳変性症

2022.10.27

英国の伝統菓子パンhot cross bunと神経疾患

朝のカンファレンスで,YouTubeでマザーグースの「hot cross bunの歌」を紹介しました.Hot cross bun はキリストの復活を祝う復活祭(イースター)に欠かせない,12世紀に誕生した伝統ある英国の菓子パンです.キリストの受難を象徴する十字架(クロス)状のシロップが特徴で,魔よけや幸せをもたらす力があるともいわれています.しかしこのパンを命名した人は,まさか何百年も後の世に,その名前を冠するMRI所見が脳神経内科医によって議論されることになるとは夢にも思わなかったと思います.

「Hot cross bun sign(HCBS)」は多系統萎縮症(MSA-C)のMRI所見として,医師国家試験でも頻出する有名なものです.しかし最新のMSAの診断基準(MDS MSA診断基準)では「HCBS は疾患特異的な所見ではないため注意を要する」と明記されています.最新のMov Disord Clin Pract誌に面白く,中身の詰まったEditorialが発表されましたので箇条書きにしてご紹介します.

◆1998年にSchragらにより初めて報告された(JNNP 1998;65:65–71.).
◆HCBSの原因となる病態は多岐に及び,変性,遺伝,自己免疫,感染,炎症,腫瘍・腫瘍随伴性,血管性,その他の原因による二次性がある.
◆HCBSはMSA-Cに対して98~99%の高い特異性,94~99%の高い陽性的中率を示す一方,感度は45~68%に過ぎない(J Neurol Sci 2018;387:187–195; Sci Rep 2019;9:1–7.).ただしMSA-CにおけるHCBSの形成は早く,grade 2のHCBSは,発症から3年以内のMSA-C患者の66.7%で観察されたが,SCA3では観察されない(BMC Neurol 2020;20:157.).
◆HCBSの鑑別診断は過去10年間で著しく増加している.これはとくに自己抗体や腫瘍随伴抗体に関する進歩の影響である.
◆HCBをみとめる鑑別診断の大半は稀で,少数の症例報告に過ぎないため「when you hear hoofbeats, think of horses, not zebras(蹄の音が聞こえたら,シマウマではなく馬を思い浮かべよ)」ということわざを思い出す必要がある.いわゆる「シマウマ探し」に陥らないことが重要.しかしMSA-Cの臨床診断において症候学的もしくは検査所見において違和感がある場合,treatableな疾患を見逃さないことが肝要である.
◆MSAで形成される機序は,橋ニューロンと橋横走線維の萎縮と橋被蓋と皮質脊髄路の温存と考えられ,grade0(変化なし),grade1(出現し始めた横線に比して高信号の縦線),grade2(明確な縦線),grade3(縦線の出現に続いて横線が出現し始める),grade4(完全なHCBS)の4段階が報告されている(J Neurol 2002;249:847–854).
◆血管性や感染性(vCJDやPML)のHCBでは,HCBSの形成機序は異なるものと考えられている.また炎症性では可逆的であることからやはりその機序は異なると推測される.
◆HCBSと関連する画像所見として,横線が目立つナタリズマブ関連多巣性白質脳症の「across the pons sign(J Neurol Sci 2017;375:304–306)」や,橋の高信号を四等分する十字形の低信号が観察され「reverse HCBS」が橋梗塞,ウィルソン病等で報告されている(BMJ Case Rep 2014;2014:bcr2013203447; J Neurol Neurophysiol 2017;8:1–2).
Mov Disord Clin Pract. Oct 12 2022(doi.org/10.1002/mdc3.13596

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