コラム

パーキンソン症候群

2017.12.18

16世紀の進行性核上性麻痺 ―絵画に見るPSPの徴候―

進行性核上性麻痺(PSP)の原著として引用される論文は,1964年,カナダのSteele,Richardson,Olszewskiによるものだ.1963年,神経内科教授であったRichardsonが姿勢保持障害と後方への転倒,垂直性核上性注視麻痺を主徴とし,さらに筋強剛,球麻痺を呈する症例を記載し,翌年,学生であった Steeleと病理学教授のOlszewskiにより病理所見が確認され,進行性核上性麻痺と名付けられた(Arch Neurol 1964;10:333-59).7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告である.

しかし,もっと早い時期に,フランスで症例報告がなされていたという報告がある.Nouvelle Iconographie de la Salpetriereという雑誌に,1889年に,Jean-Martin Charcotの弟子であったA. Dutilがパーキンソン症状を呈した女性を短報として報告している.振戦はごくわずかで,項部硬直があり,眼はほとんど動かなかったと記載されている.その写真が図Aの2枚の写真であり,1996年にシカゴのGoetzによりMov Disord誌に紹介されている(Mov Disord. 1996;11:617-8).

これが最初の報告だと思っていたところ,最新号のLancet Neurol誌に,何と「16世紀のPSPの肖像画」という論文が掲載されており,驚いて早速,目を通した.著者のLeWittは,デトロイトの病院に勤務する神経内科医で,彼によれば,デトロイト美術財団にある「A Man」という,オランダの画家Cornelis Anthoniszが書いた肖像画のモデルこそ,PSP最初の記載だというのだ(図B).その理由は,まずパーキンソン病の仮面様顔貌と異なる,苦渋に満ち,あるいは驚いたかのようにも見える顔,とくに眉間の縦のしわが,PSPによるものだというのだ.眉間の縦のしわはPSPにおける顔面のジストニアとして知られ,vertical wrinklingもしくはprocerus sign(鼻根筋徴候)として報告されている(Neurology. 2001;57:1928. J Neurol Sci 2010; 298, 148-9).また右手には小さな本を持っているが,これは下を見ることができないことを示すためのものだろいう.決定的なのは左手で,ピストルのような格好をしているが,これはPSP患者の手指のジストニアとして,pistol-handもしくはpointing-gun signと呼ばれるものだという(JNNP 1997; 62, 352-6).さらに肖像画の主人公の左にある黒い影のようなものは肖像画の主(患者)の暗い未来を暗示しているのではないかと記載している.

本当かな?と思わないでもないが,絵画などの芸術作品の中に神経疾患を残すという行為を古今東西の芸術家が数多く行ってきたのも事実である.肖像画の人物についての情報は得られなかったとのことであるが,Anthoniszも自分の芸術を支えてくれたパトロンに起きた得体の知れない病気について描こうとしたのかもしれない.

LeWitt P. Portrayal of progressive supranuclear palsy in the 16th century. Lancet Neurol. 2017;16:956-957.

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