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2022.11.13

若年者の繰り返す脳出血で確認すべきこと ―屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症―

金沢市で開催された第164回日本神経学会東海北陸地方会(11月12日)において,名著「神経診察の極意(https://amzn.to/3GbgCk0)」の著者であり,私が憧れるNeurologistのひとりである廣瀬源二郎先生(浅ノ川総合病院顧問,金沢医科大学名誉教授)御自らご発表された演題について議論したいと思います.臨床のみならず,社会的にも今後,注目すべき重要な問題です.

まず屍体硬膜(ヒト乾燥脳硬膜)とは,悪名高きドイツのBブラウン社による「Lyoduraライオデュラ」のことです.脳外科手術に伴う硬膜欠損部位に,プリオンで汚染された屍体硬膜を移植したことで発症する医原性クロイツフェルト・ヤコプ病(CJD)の原因として有名です.ドラマにもなった小説「美丘(石田衣良著)https://amzn.to/3Ab5aBn」でも取り上げられました.そのLyoduraはプリオンのみならず,アミロイドβにも汚染されていて,それが早期発症の脳アミロイド血管症をきたすことが近年,分かってきました.

廣瀬先生が発表された症例は42歳男性で,34歳に右後頭葉の脳内出血で発症し,計7回の脳出血を繰り返しました.右後頭葉→右頭頂葉→左後頭葉→右後頭葉→左後頭葉→右前頭葉→左頭頂葉の順番でした.T2*画像でmicrobleedsを認め,脳アミロイド血管症を疑いましたが,Boston criteriaの55歳以上が合わず,原因が不明であったものの,幼少期に頭部外傷歴があり,硬膜外血腫除去に際し,硬膜一部切除と屍体硬膜移植(右頭頂葉のあたり)が行われたことが判明しました.廣瀬先生は考察として,移植部位からのアミロイドβの直接播種(propagation)とアミロイドβ血管周囲ドレナージ機構の破綻に伴う血管症を挙げておられました.

この屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症は2018~2019年にかけて濵口毅先生(金沢医科大学)らによる報告を含め,複数の報告がなされました(Neurol Sci. 2019;399:3–5. doi.org/10.1016/j.jns.2019.01.051).最近読んだStroke誌(Kellie JF et al. Stroke. 2022 Aug;53(8):e369-e374. doi.org/10.1161/STROKEAHA.121.038364)では2名のLyodura移植の剖検例が示され,脳アミロイド血管症に加え,アルツハイマー病に特徴的な脳実質のアミロイドβ(老人斑)とタウタンパクの沈着(神経原線維変化)を認めたことが報告されています(図).発表後の質疑で確認をしたところ,提示の症例ではこれらアルツハイマー病の病理変化は認めなかったとのことでした.

ちなみに2006年の報告で,全世界で医原性CJD164例が報告され,うち100例以上が日本の症例でした.当時の厚生省が医薬品の危険に対するチェックや規制を適切に行わなかったことが,日本で症例数が圧倒的に多い原因と言われています.1973年厚生省で輸入承認されて以降,1997年に使用を禁止するまで何の措置も取らず,24年間のあいだに少なくとも30万人が移植されました.地方会ではもう1例,脳アミロイドアンギオパチー関連炎症と診断した患者にLyoduraが移植されていたことが議論されました.若年者のmicrobleeds,繰り返す脳出血,認知症では今後,屍体硬膜移植(1973~1997)の既往を確認する必要があります.

過去ブログ:なぜ「ヒト乾燥脳硬膜」による医原性ヤコブ病が日本に多いのか?  https://bit.ly/2XPGmg8

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