コラム

神経所見・検査所見

2023.02.11

カラフルだった城郭視(teichopsia)ー片頭痛における歴史的意義ー

閃輝暗点は片頭痛の前兆で,視野にギザギザ模様の光の波が現れ,徐々に広がり,その場所が見えなくなる現象です.私は片頭痛の講義で閃輝暗点を教える際,どこかから引用したモノクロの図を使用してきました.ところが岩田誠先生による「片頭痛の視覚前兆―その歴史的展開―(日本頭痛学会誌48:549-52, 2022)https://bit.ly/3RTj5ni」を拝読し,そのなかにオリジナルの図をみつけて,赤・青・黄・緑・オレンジととてもカラフルであることを知って仰天しました.さらに図の歴史的意義についても初めて学びました.左図は岩田先生が有り難くもお送りくださったものですが,1873年,英国の医師Edward Liveingの著書に掲載されたものだと伺いました.

この図を書いたHubert Airy(1838-1903;右図)先生は,ケンブリッジ大学で学ぶ31歳の英国人医師で,ご自身が片頭痛患者でした.発症後の16年間で100回以上,この現象を経験しました.かならずしも色がついていたわけではなかったそうです.天文学者として有名な父George Airy卿も,頭痛はなかったものの同じ現象を経験していました.Hubert Airyはこの現象を論文「on a distinct form of Transient Hemiopsia (1870)」にまとめ,まずtransient hemiopsiaという新語を用いました.しかし表現が不正確,不十分であると考えteichopsia(城郭視)という新語をさらに提唱しました.一種のメタファーであり,ギリシア語の「町の壁」と「視覚」に由来する造語です.詳しくは岩田先生の総説に解説されていますが,「町の壁」はVauban型城郭(日本では函館の五稜郭や佐久の龍岡城)を上から見た形,つまり要塞のように角張っている形に似ていることに由来しています.そしてAiry先生は「病巣を推測する以上のことは現在のところ不可能である」としながらも「視交叉の後方のどこかにあるはずだ」とし,眼自体の異常ではなく,脳の異常と考えました.これは当時として画期的な考察であったと思います.

その後,この図は多くの医学者に使用されることになります.1873年には前述のようにEdward Livingが著書のなかで,Thomas Willis(Willis 輪のWillis先生です)による「片頭痛血管説」に反論する際に用いています.またJean-Martin Charcotも1887年の火曜講義のなかで言及しています.William Oslerの教科書「医学の原理と実際(1892)」のなかにも記載されています.さらに広く使われるようになったのは神経学者William Gowersのためと言われています.Teichopsiaはその後,auraや拡延性抑制の概念に発展していきます.次回の学生講義では,この図の歴史とその意義についてもきちんと話してあげたいと思います.

Weatherall MW. From "Transient Hemiopsia" to Migraine Aura. Vision (Basel). 2021;5:54. doi.org/10.3390/vision5040054.
Lepore FE. Dr. Airy's "morbid affection of the eyesight": lessons from Teichopsia Circa 1870. J Neuroophthalmol. 2014;34:311-4. doi.org/10.1097/WNO.0000000000000133.
Eadie MJ. Hubert Airy, contemporary men of science and the migraine aura. J R Coll Physicians Edinb. 2009;39:263-7.

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