コラム

神経所見・検査所見

2022.03.10

ロバート・ワルテンベルグと逆転反射

動画は右手の脱力を呈した75歳男性の診察所見です.前半は橈骨逆転(もしくは背理性)反射です.橈骨端を叩打すると腕撓骨筋反射が出現せず,手指の屈曲がおきます.C5髄節障害によって腕撓骨筋反射が消失し,C8髄節の手指屈筋反射が亢進するため生じます.

後半はワルテンベルグ母指反射です.患側の指が末節骨で強制的に屈曲させられると,母指の内転,屈曲,対立がみられます.健側の母指は外転と伸展を保ちます.頸部MRIではC4-5とC5-6に大きな骨棘と右側の脊柱管狭窄を認めました.

逆転反射は「ある腱反射が消失し,その拮抗筋(あるいは隣接筋)の反射が保たれているか,亢進していると,本来とは逆の反応を呈する特殊な反射現象」を言います(平山・神経症候学).この逆転は上腕二頭筋反射,腕撓骨筋反射,上腕三頭筋反射,回内筋反射,膝蓋腱反射で生じます.ロバート・ワルテンベルグ(1887-1956)は,これらは上述のように理屈で説明できるため,逆転でも背理でもないと述べています.いずれにせよ健常者では認めませんので,この現象を理解する必要があります.一方のワルテンベルグ母指反射は,強制的な指の屈曲に伴って生じる母指の連合運動による屈曲です.錐体路病変に伴って出現し,Babinski徴候の上肢版と呼ばれてきました.

ワルテンベルグは反射と徴候に関する多数の論文を執筆しましたが,神経症候に発見者や確立者の名前をつけることを「神経学が無用で無意味な名前の洪水になって学生や医師から敬遠される原因」になるとし,「内容がわかるような客観的名称を用いるべき」と述べています.ですから2つの反射に名前を残したことは不本意かもしれません.私はワルテンベルグの著書「神経学的診察法(佐野圭司 訳)」の序文を読んで,「高額で時間がかかり侵襲を伴う検査は最小限にとどめ,診察と徴候に依拠して診断と治療を行う」という考えに共感しました.もう1冊の著書「反射の検査」は残念ながら入手できてませんが,葛原茂樹先生が書かれた総説「ワルテンベルグ(Brain Nerve 66;1301-8, 2014)」は素晴らしく,ワルテンベルグの人となりや業績を理解するのに役に立ちました.

Neurology. 2022;98:e1092-e1093. doi.org/10.1212/WNL.0000000000013262
(動画はフリーアクセス).

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