コラム

神経所見・検査所見

2021.10.03

Face mask sign ―マスク着用による歩行障害の増悪とその対策―

パンデミック以降,公共の場ではマスクの着用が当たり前になっていますが,マスク着用により歩行障害が悪化したという事例が報告されています.それは感覚性運動失調による歩行障害です.Pract Neurol誌が紹介する症例は,遺伝性脊髄小脳失調症2型(SCA2)の52歳男性で,小脳性運動失調に加えて末梢神経障害を認め,両膝関節以遠の深部覚が障害されていました(文献1).マスクを装着すると歩行が悪化し,転倒しやすくなることを自ら主治医に伝えました.実際に歩行速度が遅くなり,歩幅のばらつき,ふらつきが増強しました.
私達は立位を保つときに2つの感覚情報を用います.それは深部覚(関節の位置覚)と視覚です.本例のように関節位置覚の障害を呈する場合,視覚情報により代償されます.よって暗所や洗面時には代償がなされす,ふらついて転倒します(これがRomberg徴候(★過去ブログ参照)であり,洗面現象です).ではなぜマスクで歩行が悪化するかというと,マスクにより歩行に重要な視野下方の情報が制限されるためと考えられています(文献2).とくにマスクをきちんと装着しない場合,視野の下方を遮ることが報告され,視野検査の新たなアーチファクトとしても報告されています(文献3).
このようにマスク着用による歩行の増悪は,感覚性運動失調に対して診断的意義があるだけではなく,転倒リスクの増加につながります.よって医療者は患者にマスクによる転倒リスクを伝えた上で,①歩行速度を落とすこと,②マスクをしっかりフィットさせること,③危険な場合は杖や歩行器を使うことを話す必要があります.一方,頻繁に足元を見るようにアドバイスすることは却って危険である可能性が指摘されています.
1) Pract Neurol. 2021 Sep 27:practneurol-2021-003174.(doi.org/10.1136/practneurol-2021-003174
2) BMJ. 2020 Oct 28;371:m4133.(doi.org/10.1136/bmj.m4133
3) J Glaucoma. 2020 Oct;29(10):989-991. (doi.org/10.1097/IJG.0000000000001605

★臨床神経学の創始者,Romberg先生のお墓参り(https://bit.ly/3A42Gld

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