コラム

神経所見・検査所見

2021.04.21

27年ぶりの下位脳神経麻痺と初めての論文

多発下位脳神経麻痺には人名を冠した症候群があります.有名なものは脳神経Ⅸ,Ⅹ,ⅩI麻痺のVernet(ヴェルネ;頸静脈孔)症候群,Ⅸ,Ⅹ,ⅩI,ⅩII麻痺のCollet-Sicard(コレ・シカール)症候群です.名称は知っていたほうが良いですが,むしろ大切なことは「どこに病変が存在するのか?」を推定するに役立つということです.Ⅸ,Ⅹ,ⅩIが頚静脈孔から出るまで共通の走行を取るため,頭蓋底に接した病変の存在が示唆されます.
右反回神経麻痺の患者さんを診察しました.軽度のカーテン徴候がありました.最初,頸静脈孔症候群の触れ込みだったのですが,舌の右偏位が見られました.「あれっ?じゃあ,Collet-Sicard症候群か」と思って,胸鎖乳突筋や僧帽筋の筋力を見ると筋力低下はありません.「Ⅸ,Ⅹ,ⅩII麻痺だ!この組み合わせ,かつて経験したような・・・」
実は27年前に一度だけ経験し,私が初めて症例報告をさせていただいた患者さんと一緒でした.この組み合わせには名前がありません.類似するものとしてスペインの耳鼻咽喉科医Antonio Garcia Tapiaが報告したTapia症候群(1904)があります.これは「軟口蓋の機能障害を伴わない,一側性の喉頭,舌麻痺(Ⅹ,ⅩII)」であり,頭蓋外の病変に起因するものです.私が担当した患者さんは本例と同様,軽度の軟口蓋麻痺を呈していたため,Tapia症候群「類似」として報告しました.ⅩI麻痺を伴わない理由は,ⅩIが図のように頚静脈孔を出たあと,後外側に向かい内頸動脈と離れる方向に走行するためです.つまり頭蓋底から少し離れた部位に病変を認める場合,このような組み合わせが生じます.研修医1年目に経験したこの患者さんは頭蓋外内頸動脈瘤でした.下記の先生がたにご指導いただいて初めて書いた思い出深い論文です.

下畑享良,中野亮一,佐藤修三,辻省次.Tapia症候群類似の多発性下位脳神経麻痺を呈した頭蓋外内頸動脈瘤の1例.臨床神経34;707-711,1994

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