コラム

神経所見・検査所見

2020.12.14

ルネサンス絵画にみるバビンスキー徴候 ―今年のクリスマス論文―

毎年,楽しみにしているBritish Medical Journal誌のクリスマス論文.ウイットや遊び心に富んだ論文が掲載されます.今年は,犬とその飼い主が糖尿病を発症するリスクを共有しているとか(doi.org/10.1136/bmj.m4337),全身麻酔中にイヤホンで「外科医も麻酔医も満足しています.すべてが計画通りです」といった音声を聞かせると,術後疼痛とオピオイドの使用量を軽減できる(doi.org/10.1136/bmj.m4284)といった論文が掲載されています.外科医の誕生日に緊急手術を受けた患者は死亡率が高くなるという論文も掲載されていますが,これはクリスマスの楽しい気分にならないです(doi.org/10.1136/bmj.m4381).

私が気に入った論文は,ルネサンス期の幼児キリストの絵画においてバビンスキー徴候を調査した観察研究です.バビンスキー徴候は,足底の外側を踵から足趾にかけて刺激すると,母趾の背屈と,他の足趾の開扇現象がみられる徴候で,生理的に,胎児期後期から生後18ヵ月ごろまで認めます.ルネサンス絵画の特徴は,見たまま,見えたままに描く「写実性」にあると言われていますので,著者のフランスの脳神経内科医は,バビンスキー徴候がきちんと描写されているか知りたくなったのだと思います.方法は,西暦1400~1550 年の間に描かれたフランドル派,レネー派,イタリア派の19名の画家が描いた絵画302点におけるバビンスキー徴候の頻度を調べています.結果は30%(90/302点)で描写されていました.両側のバビンスキー徴候は,3つの絵画で描かれていました(図D).足底刺激についても48/90点(53%)で描かれていて,レオナルド・ダ・ビンチやヴェロッキオ,ジョルジョーネは必ず描いていました.分かったことは次の4点です.(1)15世紀の画家たちは,神がイエス・キリストとなって世に現れたことを示すために裸体を描き,バビンスキー徴候も描写したこと,(2)ルネサンス期の画家たちは解剖学の正確な観察が必要であったこと,(3)とくにフランドル派やレネー派の画家たちは現実的な細部にこだわっていたこと,(4)逆にイタリアのルネサンス期の画家たちは,人体の美しさを理想化する傾向があり,バビンスキー徴候を描かなかったことです.クリスマスに合った優雅な研究だと思いました.
BMJ 2020; 371 (doi.org/10.1136/bmj.m4556

5つの絵画A: Rogier van der Weyden, St Luke Drawing the Virgin (1435-40), Boston Fine Arts Museum (USA). B: Gérard David, Virgin Among the Virgins (c1509), Musée des Beaux-Arts de Rouen (France). C: Martin Schongauer, Orlier Altarpiece (1470-75), Musée Unterlinden, Colmar (France). D: Verrocchio, The Virgin and Child with Two Angels (1476), National Gallery, London (UK). E: Lucas Cranach the Elder, The Virgin and Child with a Bunch of Grapes (c1525), Alte Pinakothek, Munich (Germany)

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