コラム

医療と医学

2023.11.22

外傷後の脳浮腫をアドレナリン受容体拮抗薬で治療する!

外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)において,脳浮腫は重症度や死亡率に影響を及ぼすためその治療は重要です.私は知らなかったのですが,TBI後にノルアドレナリン濃度が上昇し,その上昇幅は重症度と死亡の可能性の予測因子となることが知られているそうです.しかし脳のドレナージ(廃液)システムであるグリンパティックシステムの障害と,ノルアドレナリンの関係については不明でした.

今回,米国ロチェスター大学により,急性外傷後の脳浮腫は,ノルアドレナリンの過剰放出に反応して起こるグリンパティック流およびリンパ流の阻害の結果として生じること,ならびにノルアドレナリンの過剰放出が治療標的になることがNature誌に報告されました.

この研究はTBIのマウスモデルを用いた検討です.具体的には麻酔下で,頭蓋の外から強い力を与えたあとに生じる脳外傷後の浮腫を軽減する方法を検討しています.まずアドレナリン受容体は3種類ありますが(α1.β.α2),そのすべてを抑制できる阻害薬カクテル(プラゾシン,プロプラノロール,アチパメゾール:略してPPAと呼んでいます)を外傷後投与したところ,中心静脈圧は正常化し,グリンパティック流および頸部リンパ流が部分的に回復し,その結果,脳浮腫が大幅に減少,さらに認知機能低下などの機能予後も改善しました.つまり外傷後のノルアドレナリン放出(アドレナリン・ストーム)は,頸部リンパ管の収縮力の低下を招き,グリンパティック液とリンパ液の全身循環への還流を低下させ,脳浮腫が生じるようです.これに対し,阻害薬カクテルを投与したところ,グリンパティック液とリンパ液の全身循環が回復し,その結果,外傷性病変からの細胞破片のリンパ管輸送が促進され,二次的な炎症も改善,さらにリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させました.

またこの論文では,血管外への血漿の滲出はこのモデルではほとんど脳浮腫に寄与していないこと,また脳脊髄液の過剰合成もないことも示され,脳浮腫の原因は専らグリンパティックシステムのドレナージの障害によると判断しています.もちろんまだ動物モデルでの検討ですが,ヒトへの応用が大きく期待されます.また「PPAがリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させる」という点は,アルツハイマー病などのタウオパチーで,ドレナージシステムは治療標的になるのではないかと,当然,皆考えるのではないかと思いました.
Hussain R, et al. Potentiating glymphatic drainage minimizes post-traumatic cerebral oedema. Nature. 2023 Nov 15.(doi.org/10.1038/s41586-023-06737-7

【図の説明】
(左)脳脊髄液は間質液と交換し,静脈周囲腔に沿って集められ(水色),髄膜リンパ管や神経・血管周囲の軟部組織を通って排出される.(右)脳損傷により脳脊髄液の排出が抑制され,組織が腫脹する.傷害に反応して流出が減少するのは,アドレナリン・ストームによるもので,グリンパティック液の輸送だけでなく,頸部リンパ管の収縮の頻度と振幅を減少させ,同調を乱し,下流の体積移動効率を低下させる.アドレナリン作動性抑制はこれらの変化を緩和し,急性浮腫を消失させる.また,アドレナリン受容体拮抗薬による治療は,細胞破片の除去を促進し,神経炎症を抑え,機能回復を改善する.

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