コラム

医療と医学

2023.09.12

血液脳関門は脳内ホルモンレベルを変えて行動を制御する! ―2種類のアリが生じるメカニズム―

神経科学の領域で,最近,常識を覆す事実がたくさん発見されていると実感しています.最新号のCell誌に,アリの研究から,血液脳関門が特定のホルモンの分解酵素を産生し,ホルモンの脳内レベルを変えることで行動を制御しているという驚くべき研究が報告されました.

アリには小型ワーカーと大型ワーカーがいます(図右下).形態が異なるだけでなく,行動も異なります.小型ワーカーは採餌(エサ取り)と育雛を行いますが,大型ワーカーは兵隊アリとして巣を守り,採餌はほとんどしません.この行動分業を決定する重要な因子は,最もよく知られている昆虫ホルモンのひとつ,幼若ホルモン(JH3)の成体初期のレベルであることが分かっています.つまり小型ワーカーでは,JH3分解酵素が抑制されて脳内JH3レベルが上昇すると,採餌量が増加する行動を示すようになります.しかしJH3の分解がどのようにして生じるのか分かっていませんでした.

ペンシルバニア大学の研究者らは,scRNA-seqを用いて,幼若ホルモンエステラーゼ(Jhe)と呼ばれるホルモン分解酵素が血液脳関門にのみ局在することを発見しました.アリの血液脳関門で産生されたJheは血液脳関門の細胞に保持され,アリの脳に入るJH3ホルモン量をコントロールしていました(図左).

驚いたことに,分解酵素Jheのレベルを意図的に操作することで,アリ脳が再プログラムされて行動変化が生じ,大型の兵隊アリが採餌行動をするようになりました.またハエの血液脳関門にアリ版Jheを発現させると,アリで観察されたのと同様の行動変化が見られました.さらに同様のメカニズムが他の動物にも存在するか調べるため,マウス血液脳関門を構成する内皮細胞パネルを分析したところ,他のどの内皮細胞よりも高いレベルで,複数のホルモン分解酵素を発現していることが分かりました.このなかにはテストステロンを分解する酵素も含まれていました.

以上より,血液脳関門は神経ホルモンのゲートキーパーとして機能し,社会的行動を制御することが示されました.たったひとつのタンパク質が,個々の行動に大きな影響を及ぼしていると考えると大変驚かされます.またマウスのデータは,このメカニズムが哺乳類にも存在する可能性を示唆します.今後,ヒトにおける研究が進められるのは間違いないだろうと思います.
Ju L, et al. Hormonal gatekeeping via the blood-brain barrier governs caste-specific behavior in ants. Cell. 2023 Aug 24:S0092-8674(23)00856-5.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.08.002

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