医療と医学
2023.03.26
これからの医療に必要な「協働意思決定」と「リバタリアン・パターナリズム」を理解しよう!
当科では若手医師や学生に,Evidence-Based Medicine(EBM)の5つのステップを意識したトレーニングをしてもらっています.しかしEBMも「患者さん中心の視点」を伴わないと,単に「医療者による押し付け」になってしまいます.よって私達には①正しいエビデンスを調べて分かりやすく伝えるスキルと,②患者さんの考えを引き出すスキルの2つが求められます(図中).言い換えると,「医療者と患者さんが互いに大切にしているものを理解すること」が大切で,このような過程を経て治療方針を決定することを「協働意思決定」と呼びます.
3月23日にこの「協働意思決定」の勉強会を企画し,リモートで行いました(図左).全国から多くの多職種の皆様がご参加くださいました.安城更生病院脳神経内科の杉浦真先生に「神経疾患の協働意思決定」という特別講演を,金沢大学附属病院遺伝診療部の関屋智子先生には,若年の家族性ALS患者さんをモデルとしたグループディスカッションをしていただきました.非常に実りのある勉強会になりました.以下,大変勉強になった杉浦先生のご講演で印象に残った点をメモしたいと思います.
◆治療の意思決定は,医学的な判断だけでは困難であり,個々の価値観の基づいた医療(value-based medicine)が必要である.難病に限らず,医療全体にこの考えかたが必要になる.
◆神経難病は難しい意思決定の連続である.選択する医療処置やケアがその後の人生にどのような意味や価値をもたらすのかを考える必要がある.
◆治療方針の決定の歴史は,パターナリズム→インフォームド・コンセント→shared decision making→collaborative decision makingと言える.これは「同意」から「合意」への変遷である.
◆協働意思決定は,患者・家族(価値観・自分らしさ・Narrative)と,医療者(身体的情報・医学的知識・Evidence)の双方向コミュニケーションを繰り返し,合意を目指すものと言える.
◆医療者はソムリエに似ている.いろいろな情報を聞いて最適なワイン/医療を選ぶ.
◆「リバタリアン・パターナリズム」とは,望ましい選択が明らかな場合,選択の自由を確保しつつ,推奨される選択肢を選びやすくすることを言う.患者さんの価値観を理解したうえであれば,適切な選択肢を選べるようそっと背中を押すこと(ナッジnudgeすること)は認められるのではないか.
◆協働意思決定を繰り返し行うことがadvanced care planning(ACP)になる.
◆倫理的問題とは倫理的価値観の対立(ジレンマ)である.まずそれに気づくことが大切で,次の段階として倫理コンサルテーションに移る.価値観は多様なので対立しやすいこと,価値観に優位性はないことを理解する.
◆倫理的問題には多職種で取り組むことが大切である.個人もしくは単一の領域で対応することには限界がある.多職種による多様性を取り入れることで独善,すなわち「思いやりが思い込みになること」を避けることができる.
◆医療チームのなかにも価値観の対立が生じうることを理解する.そして「心理的安全性(psychological safety)」が担保されるチーム,すなわち,どんなことを話してもみんなが受け止めてくれるチームを目指す必要がある.
◆専門職は「患者さんが自分の人生を納得して完走するための伴走者」である.専門職としての矜持を持つことが大切である.それは誇りと責任をもつこと,そして他者を思いやりの心で支援することである.
リバタリアン・パターナリズムを学ぶのに良い本として「大竹 文雄ら.医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者(https://amzn.to/3K6ma0W)」(図右)をお勧めします.