コラム

医療と医学

2022.01.06

パンデミック禍の医師バーンアウトの最大の要因は「自身の専門性が活かされず有意義な仕事ができないこと」である ―東京都COVID-19専門3病院における検討―

2021年1月,東京都はCOVID-19感染者のために病床を増やす必要に迫られ,都立広尾病院,公社荏原病院,豊島病院の3病院を実質的にCOVID-19専門病院にしました.そしてこれらの病院では初診や救急患者,入院患者の受け入れを大幅に制限しました.手術や専門診療を休止したことにより専門研修ができないことから大学からの若手の専攻医派遣が見合わせになったり,専門診療ができる場を求めての退職も生じたりました.このような前例のない状況は医療者にバーンアウトを起こす可能性があるため,荏原病院麻酔ペインクリニック科 小寺志保先生,耳鼻咽喉科 木村百合香先生らが中心となり,調査・研究が行われました.私も研究に参画させていただきましたが,その内容がJMA journal誌に発表されましたのでご紹介します(PDFをフリーでDLできます).

Kodera S, Kimura Y, Tokairin Y, Iseki H, Kubo M, Shimohata T. Physician Burnout in General Hospitals Turned into Coronavirus Disease 2019 Priority Hospitals in Japan. JMA J. 2021(https://www.jmaj.jp/detail.php?id=10.31662%2Fjmaj.2021-0097

FBで読みにくい方はブログをご覧ください(https://bit.ly/3F0wiT3).

方法は2021年2月15日~3月5日にかけて,3病院の全常勤医を対象に,オンライン調査を実施しました.この時期は,第3波は沈静化し始めたものの,東京は国内で最も感染者数が多く緊急事態宣言下にありました.評価は日本版バーンアウト尺度(JBS)を用いて行いました.これはバーンアウトの3つの下位尺度である 「情緒的消耗感(EE)」 「脱人格化(DP)」 「個人的達成感の低下(PA)」の17項目から評価するものです.各項目最高5点で,得点が高いほどバーンアウトは増加しますが,バーンアウトと決定するカットオフ値を検証した研究はありません.ちなみに情緒的に力を出し尽くし,消耗してしまった状態である「情緒的消耗感」が生じた結果,患者に対する無情で非人間的な対応をする「脱人格化」や「個人的達成感の低下」につながると考えられています.

常勤医313名中161名(51.4%)が回答しました.男性が64.6%,年齢は30代が最も多く(32.3%),次いで40代(28.6%)でした.診療部門は内科系(内科,小児科),外科系(一般外科,心臓外科,脳神経外科,整形外科,産婦人科,泌尿器科,麻酔科,救急科),外来・検査科系(皮膚科,耳鼻科,眼科,形成外科,リハビリテーション科,放射線科,病理科,その他),研修医の4つに分類しました.

結果ですが,3つの下位尺度の中央値は,EE 3.02, DP 2.55, PA 3.55でした.下畑らが2019年に日本神経学会の全会員を対象に行った調査(回答者1261名)では,EE 2.86点,DP 2.21点,PA 3.17点でしたので,すべての得点が脳神経内科医を上回り,とくに脱人格化と個人的達成感の低下が顕著という結果でした.

図1は性差を示しますが,女性は男性よりも情緒的消耗感が高い結果でした(3.24対2.90; p = 0.04).図2は30歳代と60歳代の比較で,3つの尺度とも30歳代の方が高い結果でした.診療部門の脱人格化に対する影響を調べると,内科系と外科系に差はないものの,外科系は外来・検査科系よりも有意に高いことが分かりました(2.75対2.07; p = 0.006).最後に各下位尺度に関連する要因の検討を行い,情緒的消耗感と関連するのは4因子(有意義な仕事,労働時間,性別,COVID-19後の仕事量の変化)であり,脱人格化と関連するのは2因子(有意義な仕事と労働時間),個人的達成感の低下と関連するのは有意義な仕事のみでした.その他,自由記述において,外科系からは専門性に関する懸念,内科系からは長期化への不安が多く述べられています(図3;ワードクラウド解析;大きい文字ほど多かった意見を示す).

以上より,COVID-19重点病院において,①女性や若い医師がバーンアウトにつながるより強いストレスを感じていること,②自身の専門性が活かされない有意義と考える仕事ができないことはバーンアウトの重大なリスクとなる可能性が示されました.①で若い医師のリスクが高いのは,自分の専門分野の研鑽が妨げられ,「キャリアを積むことができないのではないか」という懸念が原因と推測されました.また女性でリスクが高いのも,妊娠・出産などのライフイベントにより,もともとキャリア形成期間が男性より短いためと推測されました.また②の結果は,日本神経学会のアンケートと全く同じものでした!脳神経内科医のバーンアウトは,労働時間や患者数といった労働負荷ではなく,「自身の仕事を有意義と感じられないことやケアと直接関係のない作業など」と強く関連していました(臨床神経 2021 ; 61 : 89102).パンデミック禍において,自分の専門性が活かされず有意義な仕事ができないことは医師のバーンアウトに繋がり,医療の質を落とすだけでなく,スタッフの離職,すなわち医療破綻につながります.この問題を多くの人に知っていただきたいと同時に,本研究のエビデンスをもとに医療者のバーンアウト対策を進める必要があります.

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