コラム

医療と医学

2021.08.22

なぜクロイツフェルト・ヤコプ病はCJDなのか?(Clarence J. Gibbs効果)

クロイツフェルト・ヤコプ病は,1920年および1921年それぞれ症例報告をしたドイツの神経病理学者Hans Gerhard Creutzfeldt(1885-1964)とAlfons Maria Jakob (1884-1931)にちなんだ病名です.しかしヤコプ病と改めるべきという主張があります.なぜならCreutzfeldtが報告した症例は現在のCJDとは異なると考えられるためです.

さて最新号のNeurology誌に面白い論文がありました.プリオン病研究でノーベル賞を受賞したStanley Prusinerによると,JCDではなくCJDが定着したのは,同僚の研究者Clarence Joseph "Joe" Gibbs, Jr,(1924-2001)(図左)が「自己顕示欲のため,自身のイニシャルに合わせて,意図的に定着させようとしたためだ」と発言したというのです.2014年,Prusinerは「1968年のGibbsの論文で,従来の病名であったJCDがCJDに入れ替わった.多くの学者がこの病気はヤコプ病ないしJCDと呼ぶべきと主張し,CJDと呼ぶ人はほとんどいなかったので私は困惑した.そして20年後,Gibbsから『この病気をGibbs病に改名したいと思ったが,さすがに受け入れられないと思い,自分のイニシャルに合わせてCJDと順番を変えた』と聞いた」というのです!

Neurology誌の論文はこのGibbs発言の真偽を確かめるため,1968年の論文前後で,CJDとJCDのいずれが論文で使用されたかを調べています(図右).その結果,Gibbsが多数の研究発表を行った時期(Ⅱ)にCJDが急激に増加し,引退後は大きく減少したこと(Ⅲ)を示し,「Clarence J. Gibbs効果」があったと述べています.しかし関係者の話を総合すると,「愉快な常習犯」であるGibbsは,反感を抱いていたPrusinerをからかったようです.GibbsがGajdusekの研究チームに加わる前から,NIHではCJDという用語が使用されていたことも分かっています.名著「眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎」のなかで,Prusinerは極端に上昇指向が強く,金儲けとスタンドプレーと職権濫用を好み人使いが荒かった人物として書かれており,確かに反発を買い,からかわれたということもあるかもしれません(私も米国神経学会で講演を拝聴したことがありますが,映画俳優のようにスモークを焚かれて派手に登壇したことと,独特で豊かな白髪が忘れられません).

ちなみに日本神経学会用語集はさすがで,CJDもJCDも掲載されています.またヤコブでなくヤコプと記載されているのは,ドイツ語ではbの後に母音がない場合は清音(濁らない)となり,[p]と発音するためだと思います.
Lanska DJ. Clarence J. Gibbs Effect and the "Creutzfeldt-Jakob Disease" Eponym. Neurology. 2021 Jul 27;97(4):181-187. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000012199

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