コラム

医療と医学

2021.05.21

患者さんに希望を,医療者に興奮をもたらすマインド・ライティング

「図の文字はまったく手を動かすことのできない脊髄損傷患者さんが書いたものです」と言って信じられるでしょうか?Nature誌に掲載された,人間の脳と外部機器をつなげる「ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)」の最新の研究成果です(かつて在籍したスタンフォード大学脳外科チームによる研究です).これまでBCIにより,手を伸ばしたり握ったりする動作や,コンピュータのカーソルを動かしてクリックする動作などが可能になっていました.今回の研究は,100個の電極を搭載する錠剤ほどの大きさのBCIチップを2個,脳の運動野に植え込み,発火している神経細胞からの信号を拾い,手の動きを制御するというものです(下図).2007年に脊髄を損傷し,首から下の動きをほぼ喪失した65歳の患者さんに,受傷9年後にチップ植え込みを行ったところ,94.1%の精度で,1分間に90文字のアルファベット入力ができるようになりました.この速度はカーソルを動かす方式での入力の毎分39文字をはるかに上回り,同じ年齢層のスマホ入力の毎分115文字に匹敵するものでした.驚くべきことはアルファベットの手書きのような複雑な動作は,点から点への動きよりもデコード(データの復元)が容易でした.しかも身体がその動作を実行する能力を失って9年経っても,脳は細かい動作を指示する能力を維持していました.この研究成果は神経疾患の患者さんに大きな希望をもたらします.また脳神経・リハビリ領域は,このようなワクワクする研究が実用化される時代に突入したことを意味しています.
Nature 593, 249–254 (2021)(doi.org/10.1038/s41586-021-03506-2

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