コラム

医療と医学

2018.08.19

ルネッサンス絵画に見る神経学 ―どこに所見があるでしょうか?―

写真の油彩画はフランスの外交官,詩人であったバルトロメオ・パンチアティキ(1507–82)をアーニョロ・ブロンズィーノ(イタリア;1503–72)が1540年に描いた,16世紀でもっとも有名な肖像画の一つです.この絵画は神経学を学ぶ者にとってとても興味を引きます.つまり神経疾患が隠れているのですが,どこでしょうか?

左右の手に違いがあり,左手は薬指と小指が曲がり,手背の骨間筋の萎縮が見られます.手が鷲の足のように変形した状態で「鷲手」と呼ばれます.尺骨神経は小指と環指の小指側半分の掌背側と前腕尺側の感覚を支配し,手首の屈曲,手指の屈曲,さらに母指球筋以外の手の中の筋肉のほとんどを支配します.肘関節部や小指側の手のひらの圧迫で尺骨神経が侵されると(肘部管症候群とGuyon(ギヨン)管症候群と呼びます),骨間筋や虫様筋などの筋が萎縮し,麻痺のない長指屈筋が近位および遠位指節間関節を屈曲させることで変形が生じます.親指以外の4本の指の内外転と親指の内転ができなくなり,親指と人差し指でものをはさむ力が弱くなります(Froment(フローマン)徴候).また小指と薬指にしびれや感覚障害を来します.

16世紀のイタリアでは罪人の処刑後に公開解剖が行われ,解剖学の理解が芸術家に大きな影響を与えたそうです.人間の造形を正確に描写した当時の代表的な芸術家にレオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロ,ラファエロがいますが,その流れをくむブロンズィーノも尺骨神経麻痺を見逃さなかったということになります.

Lancet Neurol 17;742, 2018

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