コラム

医学と医療

2018.03.05

糖質ステロイドにプロトンポンプ阻害剤は併用すべきか?

【糖質ステロイドは消化性潰瘍の危険因子ではない】

回診で,レジデントの先生から「糖質ステロイドはNSAIDsを併用しない限り,消化性潰瘍の危険因子とはなりませんので,プロトンポンプ阻害剤(PPI)は中止しようと思います」とのプレゼンがあり,「どういうこと???」と驚いた.その根拠は「消化性潰瘍治療ガイドライン2015」の156ページの記載であった(図A;文献1).これを読むと,糖質ステロイドによる潰瘍の根拠は,1983年のMesserらによるメタ解析であったが(文献2),後日,不備のため除外すべき試験が複数含まれることが分かり,それらを除いて再解析したところ有意差が消失したと記載されている.さらに1994年に新たなメタ解析が行われ,糖質ステロイド単独では消化性潰瘍のリスクとはならないと報告されている(ただし糖質ステロイドはNSAIDs潰瘍の危険因子と報告されている)(文献3).愕然としたのは,1983年の不適切なメタ解析の結果により,消化性潰瘍は糖質ステロイドの副作用としては当然起こりうるとずっと信じてきたことだ.

【糖質ステロイドにPPIを長期併用すべきか?】

長期に糖質ステロイドを内服する場合,消化性潰瘍を予防する目的で,PPIを併用することは多い.しかしPPIの長期処方は様々な副作用をきたす可能性が指摘され,とくに米国のメディアでは大きく取り上げられた.このため,米国では,本来,内服が必要な患者さんがPPIを突然自己中断して,消化器症状が悪化するという事例が生じていた.

神経内科医として気になるPPIの副作用は,認知症や骨折の増加である.認知症については,75歳以上の認知症を認めない高齢者の検討で,PPI使用により認知症は増加するという報告がある(ハザード比1.44;95%信頼区間1.36-1.53; P<0.001)(図B;文献4).機序としては,ビタミンB12吸収障害やγセクレターゼ活性の抑制を介するアミロイドβ沈着が推定されている.一方で,PPIの長期使用に伴う様々な副作用に関して,報告の多くはエビデンスが低いとする総説も報告されている(文献5).

【結局,PPIをどうしたら良いのか?】

  1. 糖質ステロイドにNSAIDsを併用している場合,消化性潰瘍のリスクは高いため,PPI併用は必要である.

  2. NSAIDsを併用していない場合でも,消化性潰瘍のリスクがある場合にはPPIを併用する(図C;文献6).具体的には,過去の消化性潰瘍の既往,ヘビースモーカー,大量飲酒者,65歳以上,消化性潰瘍を起こしうる他の薬剤内服(ビスホスホネート製剤).

  3. それ以外の場合は基本的に使用しなくて良い.

ただし2)に関連して,糖質ステロイドによる骨粗鬆症の予防として,ビスホスホネート製剤は高頻度で使用されている.そうなると結局,PPIの併用が必要になる.そしてまた,PPIによる認知症増加のリスクは大丈夫なのだろうか?と話は元に戻ってしまう.

さらに話を難しくすることに,ビスホスホネート製剤による消化器症状は大規模臨床試験では必ずしもプラセボ群と有意差がついていない.どうも今回登場する薬剤の副作用については,強固なエビデンスはないものばかりで判断が難しい.つまり結論は出しにくいため,結局は各患者さんと相談して決めるということになるかもしれない(shared decision making).もし自分であれば認知症は怖いという気持ちが強いため,長期のPPI内服は避けて,H2ブロッカーと胃粘膜保護剤ぐらいで様子をみるかもしれない.

  1. 消化性潰瘍治療ガイドライン2015(156ページ)

  2. NEJM 309: 21-24, 1983

  3. J Intern Med 236: 619-632, 1994

  4. JAMA Neurol 73: 410-416, 2016

  5. Gastroenterology 153: 35-48, 2017

  6. J Am Acad Dermatol. 76:201-207, 2017

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