VOICE~岐大医学部から~
退職教授からのメッセージ
生命原理学講座
神経生物学分野
中川 敏幸 先生
『VOICE-岐大医学部から-』第133回は、令和6年3月をもって退職となった、医学部医学科 神経生物学分野 中川 敏幸 先生にお話を伺いました。
教員生活を振り返って
私は2001年9月に赴任しましたが、自然豊かな場所で大学院生と研究ができたことに感謝しています。さて、「何ができるか?」と考えたところ、留学中のデータから[小胞体ストレス刺激はアミロイド-β産生に関与するか?]を選びました。小胞体ストレスは三つのシグナルを活性化します。アミロイド-βを産生するプレセニリンは膜貫通タンパク質のため、小胞体ストレスシグナルの一つである転写因子ATF4(小胞体ストレスやアミノ酸欠乏時に発現)に着目しました。オートファジー機能低下細胞を樹立すると細胞内アミノ酸が欠乏し、アミロイド‐β産生が増加しました(Autophagy 2010)。また、慢性肥満マウス海馬において小胞体ストレスが活性化すること、海馬神経新生細胞マーカーであるダブルコルチンmRNAが、小胞体ストレスにより誘導されたマイクロRNAにより分解されることを見つけました(Scientific Reports 2022)。さらに、タマネギに含まれるケルセチンがATF4を抑制したことから、留学中の縁で農研機構(農水省)と共同研究(軽度認知症患者に対するケルセチンを含むタマネギの介入試験)を行い、前向きな文章表現が増加することが分かりました(Heliyon 2023)。これらの知見から、高齢化が進み認知症が増加している日本の課題解決の糸口の一端になればと期待し、退職後も研究を継続しています。
次世代へのメッセージ
2023年度末に定年退職し、遠回りの経歴ではありますが、若い先生のお役に立てればと思い、卒業後を振り返りながら次世代へのメッセージとします。
私は熊本大学医学部卒業時に神経系に興味があり脳神経内科医を目指し、5年間臨床を行いました。神経疾患は原因が不明で、治療法も確立されていないこともあり、基礎研究者に転向しました。
大阪大学の大学院生として、イノシトール3リン酸受容体(IP3R)の研究を行いました。幸運にも末梢臓器に特異的に発現するIP3Rのサブタイプを発見することができ(Proc Natl Acad Sci USA 1991)、学位を授与されました。また、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムの助成を得て、1995年9月から6年間ハーバード大学医学部に留学しました。
留学中は、アポトーシスに関与する遺伝子が発見され始めた黎明期であり、マウスから新たにクローニングされたICE-4(カスパーゼ-12)の機能解析をテーマに研究を開始しました。他のカスパーゼとは違い小胞体を含むミクロソーム画分に存在すること、たまたま手にした雑誌で小胞体ストレスを知り、小胞体ストレスによるカスパーゼ-12の活性化機構についてネイチャー誌に報告しました(Nature 2000)。その後、小胞体ストレス研究が世界的な潮流になり嬉しく思っています。
私は違う見方を心がけたことで新たな知見を得ることができましたが、これらは多くの指導者や同僚と知り合えたためにできたことであり、コミュニティ形成の重要性を感じています(世の中は、"It's a small world"です)。
略歴
1984年 | 熊本大学医学部 卒業 |
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1984年 | 熊本大学医学部第一内科 研修医 |
1986年 | 熊本大学医学部第一内科 医員 |
1988年 | 荒尾市民病院 神経内科医師 |
1989年 | 大阪大学大学院医学研究科 博士課程 |
1993年 | 癌研究会癌研究所細胞生物 嘱託研究員 |
1995年 | ハーバード大学医学部細胞生物 リサーチフェロー |
2001年 | 岐阜大学医学部反射研究施設 教授 |
2002年 | 岐阜大学大学院医学系研究科 教授 |