概要

VOICE~岐大医学部から~

退職教授からのメッセージ

医学系研究科 医療管理学講座
臨床薬剤学分野
教授 伊藤 善規 先生

『VOICE-岐大医学部から-』第91回は、平成30年3月をもって退職される、医学系研究科 医療管理学講座 臨床薬剤学分野 教授 伊藤 善規 先生にお話を伺いました。

教員生活を振り返って

1980年に九州大学大学院を卒業後、岡山大学医学部助手、製薬企業研究所を経て、2001年に九州大学病院薬剤部に転向し、以後17年間病院薬剤師の道を歩み続け、その内の11年間を岐阜大学にて過ごしました。大学病院でこれまで一貫して取り組んだテーマは、薬物療法における有効性と安全性の確保、特に、有害事象の発現機序解明と対策立案です。米国では薬剤性有害事象は入院患者の16人に1人に発生し、それによって14万人が死亡していると言われています。森本らの報告によれば、我が国の急性期病院において、入院患者の21%に薬剤性有害事象が発生し、そのうち6.5%が致死的なものでした(JADE Study)。有害事象は疾患からの回復の遅延や入院期間の長期化の原因となるため、その対策は医療安全、有効性確保、医療経済の観点から極めて重要です。特に、がん患者では有害事象発現率が高く、本院耳鼻咽喉科における入院患者を対象とした調査では、がん以外の患者での発現率が17%であったのに対して、がん患者では66%と高い値でした。さらに、有害事象対策に取り組むことにより発現率が顕著に低下し、入院期間が大幅に短縮されることが明らかになりました(Suzukiら、PLoS One 2014)。しかし、私が現役期間にできたことは、口内炎、悪心・嘔吐、便秘、下痢、疼痛など一部の有害事象に対する対策実施の臨床アウトカム評価を2、3の診療科で行えただけであり、日暮れて途遼に遠しの感があり、あとは後任の活躍に期待するところです。

次世代へのメッセージ

これまでに、医学部基礎薬理学、製薬企業における創薬研究、大学病院薬剤部における臨床研究に携わりましたが、それぞれの領域によって研究目的は大きく異なります。大学ではインパクトの高い雑誌に掲載される研究が高く評価されますが、企業では、医薬品開発に直結する研究のみが評価されます。一方、医療従事者として研究に携わる場合には、患者を傷病から回復させ、いかに苦痛を軽減できるか、治療における安全性をいかに確保するかといったことが本来の研究目的となります。研究マインドがなければ医療の質は向上しません。しかし、研究するには競争的資金の獲得が必要であり、そのためには著名な海外誌への掲載実績が求められ、気がつけば本来の目的から離れて投稿に必要なデータ確保のための研究になってしまうこともあります。また、国立大学病院の中には独法化以降、病院経営を重視しすぎて研究を軽視するところもあるかもしれません。さらには、日常業務に偏り、研究マインドを欠く医療従事者を見かけることもあります。何か1つのことに偏って取り組むと視野が狭くなりますが、私自身も気が付けばそのようになっていることもあります。中国の儒教の経書である四書の1つに『中庸』があります。「中」は偏らない、「的に中(あた)る」ことであり、陽明学者の安岡正篤氏によれば、「中」とは対立・相克・矛盾するものが調停、統一され、一段高いところに進むこと、つまり、進歩向上することであり、「庸」は平常と解釈され、つまり、『中庸』は、時流に流されず常に物事の核心を捉えて進歩向上することと解釈されます。業務・教育・研究のいずれにおいても『中庸』のスタンスで臨みたいものです。

略歴

1954年生まれ、専門は医療薬学
1978年 岐阜薬科大学 卒業
1980年 九州大学大学院薬学研究科博士前期課程 修了
日本臓器製薬(株)研究員
1983年 岡山大学医学部薬理学教室 助手
1991年 日本新薬(株)研究員
2001年 九州大学医学部 助教授
九州大学病院 副薬剤部長
2006年 岐阜大学大学院医学系研究科臨床薬剤学分野 教授
岐阜大学医学部附属病院 薬剤部長
2018年3月 退職

学会役員

 日本病院薬剤師会(理事)
 日本医薬品安全性学会(理事)
 日本医療薬学会(代議員)
 日本緩和医療薬学会(代議員)
 日本薬学会



Page top