概要

VOICE~岐大医学部から~

生理学分野からのメッセージ

医学系研究科 神経統御学講座
生理学分野
教授 任 書晃 先生

『VOICE-岐大医学部から-』第110回は、令和2年9月に就任されました、医学系研究科 神経統御学講座 生理学分野 教授 任 書晃 先生にお話を伺いました。

生理学分野教授としての抱負

生理学とは「生き物の理(ことわり)」を明らかにする分野です。ノーベル賞には「医学・生理学賞」と、医学に加えて生理学の文字が掲げられているのは、生理学は医学の根幹をなす学問であり、これを抜きにした医学はあり得ないからであると考えます。サイエンスの世界では、その応用の医学的・社会的意義が強調されて久しい状況です。しかし、将来的な意義が分からずとも、未だに人類が理解していない生命現象に出会い、その仕組み(生理)の精巧さにただ驚き、いかに人間を含む生物が奇跡的・神秘的機構の上に今を生きているのかを皆で身を持って実感する、そんな研究室でありたいと願っています。医学の発展とは、そんな些細な発見から繋がる基礎研究の積み重ねが支えるものであり、その一断片を、縁あって教室に関わってくれる人々と一緒に担うことが、私の研究者としての幸せとやり甲斐です。

現在研究している内容について

耳鼻咽喉科臨床医として全身麻酔下の頭頸部・耳科手術を多く経験してきた背景から、聴覚の末梢器官である内耳蝸牛のin vivo(生動物)生体計測を特徴としています。各種微小電極を用いた細胞内外の微小電位やイオン濃度の計測をはじめ、現象の背後にあるメカニズムを理論的に解明するためのコンピュータ・シミュレーションも行っています。特に近年、理工学系研究者(特に光学)との「異分野融合研究」に積極的に取り組んでいます。光学研究者と共に光コヒーレンス断層撮影法(Optical coherence tomography: OCT)を基盤とした世界でも類をみない光学測定装置を開発し、現在細胞を描出できる0.001ミリの解像度に加え、わずか分子数個分に相当する0.000001ミリの揺れの計測を達成しています。

研究の今後の展開について

これまで蝸牛を中心に展開してきた聴覚生理学研究をさらに発展させるべく、中枢神経の機能を光遺伝学を駆使して制御し、蝸牛機能の全体像に迫るプロジェクトを開始する予定です。一方、異分野融合研究を深化させ、「硬さ(Stiffness)」や「力(Force)」など従来の技術では測定できなかった物理パラメータを可視化し、力学的視点から生命現象を探索する新しい計測装置も開発します。これらを、様々な難聴モデル動物に適用することで、従来原因不明とされてきた難聴の解明に新しい視点からアプローチします。特に、異分野融合研究により開発する実験系・装置系を、今後蝸牛以外の他臓器や哺乳類以外の脊椎動物などへ適用することで、測定対象臓器・動物を拡張していきたいと考えています。これまでに報告されてこなかった未知の生命現象を見出し、その機能と応答の法則の抽出を介して新しい生命科学分野を拓くことを目指します。

医師を目指す学生へのメッセージ

医学部に入学した時、現在のように大学の基礎医学研究室の教授として働くことになるとは夢にも思いませんでした。ただ、幼い時から漠然としてあった研究者に対する憧れに、臨床の先生方、さらに生理学の研究者の方々との偶然の出会いが複雑に混ざり合って、現在の自分があると感じます。いい意味で、自分の目の前に出現するあらゆる可能性を捨ててしまわないよう(ある意味、偶然と出会いに翻弄されながら)、与えられた目の前の仕事に楽しくなるまでとにかく没頭してみる、そんな医師像もありではないでしょうか。

基礎研究は「いかにオリジナルを出すか」が勝負です。実は医師の世界でも(おそらく社会一般に)同じです。研究者や臨床医は、医学の歴史や経験(基礎医学論文vs臨床医学論文)に学び、目の前で起こること(実験結果vs患者の状況)に想像力を働かせ、その背後に隠れるメカニズムを理解(新たな仮説vs診断)します。これら学問の分野でオリジナルを出していくためには、「知識」と「経験」に加えて、総合的な人間力、すなわち「思いやり」が必須となります。これら三つの要素を用いて、「経験」に裏打ちされた「知識」を「仲間と共に」活用していく、ということです。この「仲間」として、今後の医学には、医師以外の異分野・異文化の方々も関わってくることは間違いないでしょう。したがって学生時代には、クラブ活動などの医学以外の経験や医学部以外の友人達との出逢いも大切にし、勉強だけでは得られない「思いやり」を培うことが必要と思います。様々な人たちと一緒に新しい医学・医療を作る過程は、「そうだったのか!」と理解する知的好奇心や、患者さんや社会への貢献心を大いに満たせるとても楽しい作業です。ぜひ学生時代には、骨太な人間性を養い、ご縁があれば「オリジナル」を構築していく喜びを共にしましょう。

略歴

2000年3月 京都府立医科大学医学部医学科 卒業
   4月 京都府立医科大学附属病院耳鼻咽喉科 研修医
2002年3月 松下記念病院 耳鼻咽喉科 医員
2005年4月 京都府立医科大学大学院医学系研究科 入学
2006年4月 大阪大学大学院医学系研究科
分子細胞薬理学教室
特別研究派遣
2009年3月 京都府立医科大学大学院医学系研究科 卒業
   4月 京都府立医科大学附属病院
耳鼻咽喉科 後期専攻医・病院助教
2010年6月 米国ロックフェラー大学
感覚器神経科学教室 博士研究員
2011年4月 日本学術振興会・海外特別研究員
2012年9月 新潟大学大学院医歯学総合研究科
分子生理学分野 助教
2015年4月 新潟大学大学院医歯学総合研究科
分子生理学分野 准教授
2016年10月 新潟大学大学院医歯学総合研究科
分子生理学分野 研究教授
2020年9月 現職



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