VOICE~岐大医学部から~
退職教授からのメッセージ
医学部 看護学科
地域健康援助学講座 地域健康援助学分野
教授 奥村 太志先生
『VOICE-岐大医学部から-』第104回は、令和2年3月をもって退職される、医学部 看護学科 地域健康援助学分野 教授 奥村 太志先生にお話を伺いました。
教員生活を振り返って
1998年に、約20年間勤めた精神科臨床を離れ、名古屋大学医学部保健学科助手になりました。その時は、患者との関係を喪失してしまったという思いと、教員としての未熟な自分に直面し、強い先行き不安を抱えて過ごしていました。2000年には名古屋市立大学看護学部講師となり、基礎看護学と精神看護学の2分野の講師として勤務した中で、「看護過程」の科目を担当したことは、改めて、基礎教育の大切さを考えることができました。精神科の臨床が長く患者理解や対人関係ばかりを重要視してきた新人教員の私には、良い教育経験となりました。2004年、岐阜大学医学部看護学科に着任し、助教授、准教授、教授を経て、看護学科長補佐を3年間、2014年から看護学科長を5年間、経験させていただきました。この間、岐阜大学においても大学改革が進められ、教員数の激減、組織の見直し、認証評価への対応など、今思えば、ずっと、不安を抱えて走ってきた感じがしています。一緒に時を過ごし支えてくださった先生方・事務方のおかげで、無事に退職を迎えられたと思っています。研究については、実習病院2か所からの依頼があり、精神科臨床を最優先に、約7年間にわたって数多くの共同研究を行ってきました。この共同研究は、精神科臨床の看護師が直面する現場で起こる研究疑問について、看護師とともに探求するという、私にはとても幸せな時間でした。この研究を通して、精神疾患患者の言動を主に評価する管理的な看護ではなく、現実に適応するための能力の支援という看護について、少なからず私たちの視点を変えることができたと思っています。
次世代へのメッセージ
看護系大学は、私が看護師になったころは10大学ほどでしたが、平成31年4月時点では272大学と急増してきました。そのため、看護教員は全国的な規模で不足しています。このような背景があり、多くの看護教員は看護実践経験も教育経験も少ない状況で、看護を教えなければならない現実があります。臨床経験は長すぎると、私のように臨床に傾倒しがちになります。一方、最短で数年は臨床看護経験がないと、看護師が直面する迷いや苦しみが曖昧のまま臨床を離れることにもなります。また、教員になれば学位やレベルの高い研究も必要ですから、難易度の高い学会や海外への投稿を目指すようになると、臨床と乖離がおこることも考えられます。看護研究は臨床看護のために行うものですから、研究成果は看護の現場に活かされるべきだと、私は思います。若い看護教員や臨床経験の少ない教員は、臨床との協働を大切にして、じっくりと自分自身を熟成していただきたいと願っています。
最後になりますが、看護系の教員組織という職場は、他学部とは違って、女性教員が多数を占める環境です。教員の感情優位に組織が動いていくことがないように、相互にチェックしてほしいと思っています。
略歴
1978年 | 日本福祉大学社会福祉学部 社会福祉学科卒業 |
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1984年 4月 | 看護師免許取得 岐阜県立多治見病院 看護士 |
1985年 4月 | 愛知県立城山病院 看護士 |
1998年 8月 | 名古屋大学医学部保健学科 助手 |
1999年11月 | 名古屋市立大学看護学部 看護学科 講師 |
2004年10月 | 岐阜大学医学部看護学科 助教授 |
2006年 7月 | 岐阜大学医学部看護学科 准教授 |
2008年 4月 | 岐阜大学医学部看護学科 教授 |
2011年 4月 | 岐阜大学医学部看護学科 学科長補佐 |
2014年 4月 | 岐阜大学医学部看護学科 学科長 |
2020年 3月 | 退職 |