岐阜大学大学院医学研究科 産業衛生学分野
ホーム 問い合わせ
     
産業衛生について 将来展望 生命について 打ち揚げ花火と健康 スタッフ紹介
 
打ち揚げ花火と健康
打ち揚げ花火と健康_2
 
日本健康医学会雑誌 20(4): 214-217, 2012抜粋及び一部加筆

 筆者らは、これまで建設労働、埋蔵文化財発掘労働をはじめとした屋外労働の快適化の研究を行ってきた。この研究の一環として、花火打ち揚げ快適化の研究に着手した。

花火による健康障害
 おもちゃ花火の安全上の問題として熱傷や創傷がよく知られている1−3)
一方、花火による健康上の問題として花火が気管支喘息を誘発することが指摘されている。西野4)は、生活衛生面からみた小児気管支喘息の発症要因を検討し、対象124発作のうち4発作(3.2%)に花火の煙が関係していたとしている。この点に関し、おもちゃ花火の煙のみならず、花火大会においても花火の煙によって喘息発作が誘発される可能性が指摘されており、注意を要する5)。花火が関連すると考えられる気管支喘息以外の呼吸器疾患に関して、Hiraiら6)は、臨床的に3夜連続におもちゃ花火の煙を吸引したことが誘因となったと疑われた、最初に咳、発熱、呼吸困難を訴えて受診し、病態生理が不明な急性好酸球性肺炎と診断された1例(16歳男性)を報告している。

花火師の職業病
 花火師の仕事7)は、かなりの重労働であり、主な仕事は、1)花火を作る、2)花火大会のための準備作業(花火・打揚筒等各種機材を現場へ搬入し、設置作業を行う)、3)花火を打ち揚げる、4)花火大会後の片付け作業(各種機材を撤収・搬出、落下物の点検、回収・処理玉殻等ゴミの収集)、である。
花火師のなかで、現場で花火の打ち揚げを行う花火打揚従事者は特に危険も多く、仕事もきつい8)
花火師にとって四季のうちで、花火大会が続き、花火大会の点火までは緊張で胃が痛くなる程で、大会終了時点では腰が抜ける様な安堵感の繰り返しの夏季が、精神的にも肉体的にも最もきついといわれている9)。また、花火打ち揚げ現場での仕事は、午前8時くらいから午後11時くらいまでの、暑くて長い、厳しい仕事である8)
筆者らの調べた限りでは、花火師の職業病に関する研究は、榎田ら5)が、栃木県の煙火協会加盟店10店の少数の花火師を対象にアンケート調査等を実施した報告があるにすぎない。
その報告5)によれば、花火師20名における主な自覚症状の有訴率は、難聴50.0%、腰痛40.0%、耳鳴り30.0%、視力低下30.0%であり、症状は10年から20年位で出現していた。また、火薬・金属を扱うことによる皮膚炎は、マスク・手袋を着用しているためみられなかった。
さらに、花火打ち揚げ現場で騒音と粉塵を測定した結果、花火師が実際に受けている音圧の平均値は128.9dB(最小113.5dB、最大140.5dB)と推定された。難聴予防のために耳栓を着用する必要があるが、不発玉を音で聞き分けるためと仲間との連絡の取り合いのため耳栓をすると、かえって危険が増すという理由で着用していなかった。打ち揚げ地点から15m離れた地点での粉じんの質量濃度(mg/m3)の平均値は0.992(最小0.615、最大1.984)であり、日常の4.36〜47.2倍であったが、のどの痛み・息切れ・咳などの呼吸器症状はみられなかった。打ち揚げ現場の煙対策としてのマスクも、連絡の取り合いに支障をきたすという理由で着用していなかった5)
花火の火花による火傷は、特に手や背中に多い。打ち揚げ時には、ヘルメットや綿製の法被を着用し、落下物や火花から身を守っているが、火傷対策の軍手等は、導線を扱うなど細かい作業に支障をきたすという理由で着用していなかったとしている5)
この報告では、前述のように花火師のメンタルヘルスや夏期に特に重要となる熱中症予防の観点10)からの調査はされていなかった。そこで、筆者らは、この点に関する調査を開始した。
花火玉はまれに打ち揚げ筒の中で爆発することがあり(筒割れ)、筒近くで作業している花火師にとって非常に危険である5)。過去には、筒爆発による手指の損傷5)だけでなく大動脈峡部破裂の死亡事故例11)も報告されている。紅屋青木煙火店の2代目青木多門は、安全な花火のための調合の改良に取り組んだ12)。花火が美しい炎を出して燃えるために金属化合物から作られる炎色剤に酸素を供給し、より高い温度で燃焼させることによって、明るく鮮やかな色を出させるようにする酸化剤として少しの摩擦や衝撃で発火してしまう「塩素酸カリウム」の代わりに「過塩素酸カリウム」使用に到達した。それによって花火は、明るく美しい色彩を出すとともに、より安定した品質のものへと進化することができた。日本煙火協会は、1975年には、「塩素酸カリウム追放キャンペーンを実施した12)。さらに1985年頃、宗家花火鍵屋14代目の天野が点火技術の改良につとめ、電気化を完成し、遠隔操作で安全でしかも充実した花火の打ち揚げができるようになった13)。このように近年は、花火打ち上げ事故のリスクは減ってきている。しかし、電気点火にもまだ、いくつか注意点が残されている14)。電気導火線または点火玉の感度から来る問題で、大会終了後、発射できなかった花火を筒から取り出す際の摩擦等で、花火が発射された事故も起きている。また花火打ち揚げ準備中に雷により花火が発射される事故も報告されている。さらに点火器の誤操作で、準備中に花火が発射されることも考えられる。
一方、花火工場の爆発による死亡事故は時々発生している15、16)。1959年の長野県の事故(死亡7名、負傷266名)を契機に、火薬類取締法が改正(1960年)され、全ての花火(一部のおもちゃ花火を除く)の製造に係る施設についての技術適合義務が課され、日乾場、花火火薬庫、簡易土堤などの基準が設定された15)

 
 
文献  
1)忍足和浩,真島行彦,
  出井健之,他
打ち上げ花火による眼熱傷瘢痕期に対する外科的治療.
眼科手術 9(4):527-530, 1996.
2)小坂正明,磯谷典孝,
  夏目恵治,他
打ち上げ花火による手掌爆創の1例.
熱傷 23(2): 119-122, 1997.
3)中野さおり,伊比健児,
  熊野良子,纐纈有子,田原昭彦
ロケット花火による眼外傷の1例.
日本眼科紀要 54(5): 363-366, 2003.
4)西野泰生 生活環境面からみた小児気管支喘息発症要因の検討.
日本医事新報 3673: 28-30, 1994.
5)榎田泰明,加藤寿,
  金子奈津江,原律人,山本有希
花火師の職業病.
自治医科大学平成14年度環境医学フィールド調査報告書 137-142, 2003.)
6)Hirai K, Yamazaki Y,
  Okada K, Furuta S, Kubo K
Acute eosinophilic pneumonia associated with smoke from fireworks.
Internal Medicine 39(5): 401-403, 2000.
7)社団法人日本煙火協会 よくあるQ&A , 2011/10/12.
8)花火情報館 花火打揚従事者 , 2011/11/14.
9)花火情報館 花火師の一年 , 2011/11/14
10)井奈波良一 職場における熱中症の予防.
産業医学ジャーナル 34(3): 95-96, 2011.
11)黒田直人,三戸聖也,
   牧野容子,他
花火打ち上げ筒の暴発により大動脈峡部破裂を生じた1剖検例.
法医学の実際と研究 42: 251-257, 1999.
12)泉谷玄作 二代目青木多門.日本の花火はなぜ世界一なのか? 
講談社+α新書 東京, 2010, pp79-80.
13)(株)宗家花火鍵屋 鍵屋の歴史., 2011/11/17.
14)磯谷尚孝 花火と電気点火.,2012/03/01.
15)原子力安全・保安院保安課 近年の煙火製造中の死亡事故(平成元年以降)、2003年7月., 2011/11/16
16)愛知県防災局消防
   保安課産業安全室
火薬類取締法違反の事業所に対して警告を行いました、2010年11月24日., 2011/11/16.
 
 
ライン
 
Copyright © 岐阜大学大学院医学研究科 産業衛生学分野 2013, All Rights Reserved.