研究概要

(1)Wntシグナル伝達系の機能と制御

Wntシグナル系は細胞の増殖、分化、癌化などに関わる重要なシグナルを伝えます。私たちは、Wntシグナル系の調節に関与する因子(APC、ICAT)の遺伝子改変マウスを解析することで、Wntシグナル系の新しい機能とその制御機構を明らかにしようとしています。

たとえば、APCというタンパク質はWntシグナル系を抑制し、細胞の過剰な増殖(つまり癌化)を抑える働きがあります。したがって、APCに異常が生じるとWntシグナル系が過剰に活性化し、大腸がんが発生します。しかし、同じようにWntシグナル系を抑制する作用があるICATがその機能を失っても、がん化は見られず、脳や顔面頭部の形成異常、腎臓の発生異常など、発生上の異常が多発します。このようなWntシグナル伝達系の多彩な機能とその制御の仕組みを、個体レベルの解析を通じて明らかにしていくつもりです。

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(2)Apc遺伝子(APC蛋白質)の形態形成における役割

Apc遺伝子(APC蛋白質)は大腸がん抑制遺伝子(蛋白質)として発見されましたが、腸だけでなく全身に広く分布しています。特に胎生期と生後を通じて、APCの脳での発現は非常に高いことがわかっています。しかし不思議なことに、Apc遺伝子の変異によって大腸がんは発生しますが、同一個体で脳腫瘍の発生は見られません。このことから、脳にあるAPCには、がん抑制とは別の重要な働きがあるのではないか、と私たちは考えました。

私たちは、APCがシナプスに濃縮していることを見い出し、それを契機に、APCがシナプス足場蛋白質PSD-95を介して、グルタミン酸受容体の1つであるAMPA受容体の後シナプス膜へのクラスタリングに重要であることを明らかにしました。

APC(分子量300kDa)のような巨大な蛋白質では、分子内にいくつもの機能ドメインがあって、様々な生体機能に関与する可能性が考えられます。APCがWnt系を抑制してがん化を抑える機能には、APC分子の中央にある“βカテニン結合部位”が必須であることがわかっています。一方、APCのC末端には、PSD-95、DLG、微小管、EB1(微小管結合因子)等が結合し、神経との関連性が濃厚です。

現在私たちは、APCのC末端特異的な生体機能を知るためにAPC1638Tマウスを解析しています。APC1638Tマウスは、1639アミノ酸以降のC末端側が欠損した変異APC蛋白質を発現します。この変異APC蛋白質にはβcatenin結合領域が含まれているので、APC1638Tマウスにはがんは発生しません。行動学的、形態学的、生化学的、生理学的に多角的な解析を行った結果、APC1638Tマウスには顕著な行動異常と、脳シナプスの構造的・機能的異常が認められました。さらに、消化管、網膜、甲状腺などでも形態異常がみつかり、APCが全身諸器官・組織の形態形成に関与していることが明らかになってきました。

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(3)アルツハイマー病抵抗遺伝子の検索

アルツハイマー病(認知症、AD)は老人班、神経原線維変化、広範な神経細胞の消失を主徴とする、最も罹患者の多い神経変性疾患です。ADの病因の核心である“アミロイド前駆体 (APP) の代謝異常”を標的とした抗AD薬の創出を目指し解析を行っています。

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(4)がん微小環境における細胞間コミュニケーションの解明

多くの細胞が分泌する生体膜由来の小胞Extracellular vesicles (EVs)は、細胞間情報伝達の新しいキャリアとして注目を浴びています。がん細胞はこの“飛び道具”を用いて周囲の正常な細胞を教育し、自身にとって有益な細胞へとリプログラミングしていることが近年わかってきました。EVsに含まれるmicroRNA (miRNA/EVs)の機能を明らかにすることで、miRNA/EVsを介したがん微小環境における細胞間コミュニケーションの解明、がん進展メカニズムの解明に取り組んでいます。

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