研修医の方へ・医学部学生さんへ

脳卒中における神経細胞死ならびにその治療薬の検討

くも膜下出血後のEarly Brain Injury

くも膜下出血(SAH)の転帰や予後不良に関与する因子には第4病日以降に発生する脳血管攣縮が歴史的に注目され、delayed cerebral ischemia(DCI)を抑えるための基礎実験や臨床研究が行われてきました。近年では、SAH発症後から脳血管攣縮発症前の早期脳損傷(early brain injury: EBI)もDCIと同様に脳障害を悪化させ、それ自体がDCI発症の要因の一つとなる可能性も指摘されていることから、EBIのメカニズムについても注目されてきています。EBIは、SAH発症後2次的に生じる脳微小循環障害や血液脳関門(blood-brain barrier: BBB)障害、炎症カスケードの惹起など複合的な病態が関与し、神経細胞のアポトーシスを引き起こすと考えられていますが、そのメカニズムや初期脳損傷ならびに脳血管攣縮との関連などについて完全には解明されておらず、確率された対処法などもありません。我々は細胞を利用したin vitro実験だけでなく、当研究室が以前より伝承している血管穿孔型のくも膜下出血モデルを利用した動物実験で、SAH後のEBIのメカニズムならびにその保護薬について検討しています。EBIに関連した神経細胞死をいかに抑制できるかが今後の課題です。

脳卒中における脳血液関門(BBB)

血液脳関門(BBB)は脳組織と血液間の物質移動を制限しているバリアシステムで、血管内皮細胞、周皮細胞、アストロサイトを構成要素に持っています。神経細胞の機能にはオリゴデンドロサイトやミクログリアといったBBBの近傍に存在する細胞もBBBと等しく重要であるNeurovascular Unit(NVU)という概念が近年提唱されており、NVU全体を保護することが神経細胞の保護に繋がると考えられています。中でも周皮細胞は、タイトジャンクション関連蛋白質の発現によるBBBの安定化、弛緩/収縮による脳血流の制御、脳梗塞をはじめとした脳卒中による脳損傷発生後の修復過程における役割など、多彩な生理的機能を有しており、NVU保護の中核を担う可能性があります。我々は脳梗塞や脳出血時における周皮細胞の病態やNVU保護に繋がる保護薬について検討しています。

遷延性意識障害、高次脳機能障害の画像診断および病態解析

中部療護センターは独立行政法人自動車事故対策機構によって設置された、「交通事故による脳損傷によって重度後遺障害者となられた方への社会復帰の可能性を追求しながら、適切な治療と看護を目的とした病院」です。同センターの医療スタッフは岐阜大学の脳神経外科専門医が中心となって構成されており、脳損傷による遷延性意識障害をはじめとした各種脳疾患の病態解析、診断、治療を目的とする研究領域において、連携大学院(脳病態解析学分野)が設置されています。

遷延性意識障害および高次脳機能障害の入院患者様に対しては約3年間という長期にわたって、従来の理学、作業、言語療法、内服加療および外科治療に加え、音楽療法や鍼灸治療、アロマテラピー、トランポリンやバランスボールなどによる刺激入力や高次脳機能訓練等を導入しています。個々の症例における病態把握、治療効果判定、経時的変化を評価するために最新鋭のMRI、SPECT、PET、脳磁図(MEG)などの機器を駆使しております。これまでに、1)脳内神経線維ネットワークの損傷部位と神経症状の関連、2)統計画像を用いた脳内代謝の三次元的な解析、3)各種の治療刺激により賦活されるfunctional mappingの評価、4)画像統合診断による意識障害重症度の評価および予後の予測、5)重症脳外傷に伴う外傷性てんかんの発症予測、等の研究テーマに関して国内外に多数の報告をしています。現在は、機能MRIやMEG、脳波によるfunctional connectivityに着目した病態解析や上記の研究をさらに発展させた長期神経学的予後に関連する因子の抽出等に関して研究を進めています。

悪性脳腫瘍に対する基礎研究・薬効解析

悪性脳腫瘍(いわゆる脳にできるがん)の中でも、神経膠芽腫(Glioblastoma)を主な対象として基礎研究を行っています。隣接する岐阜薬科大学薬効解析学教室とも共同研究を行っており、分子機構・代謝・免疫・増感作用など様々な観点から、有効な新規治療薬の開発を試みています。また、すでに他の疾患に対して臨床の場で使用されている薬剤を脳腫瘍へ応用する(ドラッグリポジショニング)研究にも力をいれており、これまでに認知症治療薬や糖尿病治療薬が、脳腫瘍治療においても有効である可能性を報告してきました。基礎研究は、その研究成果が臨床の場に反映されるまで時間がかかる一方で、ドラッグリポジショニングの研究は、いち早く患者様に新たな治療法を届けるという意味で有意義であると考えています。

神経膠芽腫は、2005年にstupp regimenという標準治療が確立されてから、約20年もの間予後に大きな改善がなく、日々治療成績が進歩している悪性腫瘍・癌の中でも取り残された存在となっています。そのような神経膠芽腫治療に、大きなbreak throughを岐阜の地から発信することを目標に今後も研究を進めていきます。

水頭症

水頭症とは、脳の内部にある脳室や脳周囲を覆うくも膜下腔を満たす脳脊髄液の流れが障害され、必要以上に貯留してしまう疾患です。その病態は非常に複雑で現在でも十分には解明されていません。その中でも中枢神経での出血や感染などを契機に発症する続発性水頭症に焦点を当てて病態の解明、新規治療法の開発を目指しています。続発性水頭症の多くは脳出血やくも膜下出血などを発症した成人の一部に起こりますが、新生児、特に低出生体重児においては側脳室上衣下出血などのリスクが高く、成人同様に出血後に水頭症に至る場合があります。成人、小児いずれにおいても現在の主な治療は外科治療しかなく、その中でも脳脊髄液の新たな通り道を作るためにシャントシステムを体内に埋め込む手術が一般的です。そのため手術による脳出血や術後感染症といった合併症や、シャント機能不全に伴う再手術のリスクを避けて通ることが出来ません。そこで我々は当大学の腫瘍病理学教室と協力して、病理学的側面から続発性水頭症の病態を解明し、新しく薬による内科治療を開発することを目的に研究を行っています。実現すれば新生児から成人まで多くの患者さんに手術リスクを負うことなく水頭症の治療を提供できると考えています。

血管内皮グリコカリックスの制御による中枢神経疾患に対する革新的治療法の開発

本分野では、岐阜大学の腫瘍病理学分野および救急災害医学分野と協力し、血管内皮グリコカリックスに着目した研究を進めています。血管内皮グリコカリックスは全身の毛細血管の内腔側を覆う構造物であり、毛細血管において組織と血流間の物質交換を担う重要な役割を果たしています。従来、脳毛細血管には「血液脳関門(Blood-Brain Barrier)」と呼ばれる脳を保護する構造が存在することが知られていましたが、その中でも血管内皮グリコカリックスの詳細については依然として不明な点が多く、十分に解明されていません。

脳毛細血管は、脳卒中のみならず脳腫瘍、頭部外傷、水頭症、認知症など、我々脳神経外科医が日常的に取り扱う疾患すべてに関与しています。そのため、脳血管内皮グリコカリックスの詳細を解明することは急務と考えられます。私たちは先駆けて基礎実験において、脳腫瘍や抗がん剤誘発末梢神経障害における血管内皮グリコカリックスに注目した研究を報告してきました。しかし、ヒト脳における血管内皮グリコカリックスの微細構造やその役割については、未だ明らかにされていない部分が多く残されています。

医学部では倫理委員会の承認を得ることで、ヒト検体を使用した研究が可能です。我々脳神経外科医は、脳の切除により脳疾患の治療を行うことができます。そのため手術によって切除した脳組織を用いて、ヒト脳毛細血管内の血管内皮グリコカリックスの微細構造を解明することを使命と捉えています。さらに、血管内皮グリコカリックスに着目した治療法の開発を通じて、脳疾患の治療成績向上に貢献したいと考えています。