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研修医手記

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一宮市立市民病院 研修医1年目 豊島 雅大(part36)

 「お医者さん」と呼ばれるようになり、すでに半年の月日が流れました。入職当初よりはできることが増え、少しは自信がついてきましたが、まだまだ1人前の医師になるためには足りないことばかりです。

 そんな中、この半年で私が最も感じたことは知識不足がいかに患者さんの不利益になるかということです。

 国家試験を合格し、就職する病院も決まり、これから自分は何人の患者さんの手助けができるかなと胸を膨らませながら4月の入職を迎えました。4月半ばには当直も始まり、初当直の日には自分がどれだけできるかなとワクワクもしていました。しかし、いざ当直を始めてみると自分一人ではなにもできないことに気づかされました。
 まず、国家試験の知識と実臨床とはこれほどの違いがあるのかということを痛感させられました。国家試験では、問題文に疾患を特定するためのキーワードがあり、鑑別を要する疾患は選択肢に記載されています。言い換えれば正解に辿り着くための最適なパスが問題文中に記載されており、私自身は最後トライするだけの状態なのです。しかし、実臨床では最初から疾患を特定するためのヒントなどありません。患者さんの状態を把握するための問診、緊急性を判断するためのバイタル測定、疾患を絞り込むための身体診察、これらを自力で行い疾患を鑑別しなければなりません。そこからさらに疾患を同定するために採血、画像検査などを自分でオーダーするのです。その過程のどこが間違っていても最適な診断、最適な治療を行うことができず患者さんにとって不利な結果となってしまいます。
 また、限られた時間の中でいかに緊急を要する患者さんを見つけるかが大事となる救急外来において、全ての診察、検査を行うことは実質不可能であり、瞬時に適切な診察、検査オーダーを行うことが求められます。学生時代、もちろん自分で検査オーダーなどしたことはなく、この画像は本当に必要か、疾患を同定するために必要な採血項目はなにかなど日々戸惑うことばかりです。
 現時点では落ち込むことも多いですが、患者さんの不利益になることを一つでも減らせるよう毎日毎日必死に食らいついています。
 一宮市立市民病院では全ての科を研修の2年間のうちにローテートすることができます。当院では良くも悪くも患者さんの全てを預けられることはありません。そのため患者さんの管理をする上でもきちんと疾患を勉強し、患者さんの状態を把握しないと主治医の先生の後ろをくっついているだけのローテートとなってしまいます。専門科の先生より先に動くことは難しいことではありますが、自分で勉強し、勇気を持って主治医に進言した案が「それいいね、じゃあやってみようか」と言われたときの嬉しさは何事にも代えがたいものです。どのローテートであっても、少しでも患者さんの治癒を手助けできるよう、今後も努力し続けていきたいと思っています。

 自分では楽な方に楽な方にと流されてしまう性格であるため、岐阜県を出て、救急外来の患者数が多いと言われていた一宮市立市民病院へ就職しました。ローテート、当直ともにうまくいかないことが多く、また周囲に知っている人がいない環境で生活することは予想以上に大変なことでした。しかし、そのような苦しい状況だからこそ同期の存在がいかに大事であるかとういうことに気づくこともできました。当直中に気軽に質問できる同期がいるということ、患者さんのカルテをみながらどういう方針で検査、治療を進めるかを議論することができる同期がいること、誕生日にはみんなで喜び、悲しいことがあったら愚痴をきいてくれる同期がいることがどれほど幸せなことか。私にとっては過ぎた同期ばかりで、幾度となく助けられています。
 同期とはときにチームに例えられることがあります。小さい目標では当直を一緒に乗り越える、大きな目標では研修終了に向かいお互い切磋琢磨するチームであると考えられます。これらの目標は1人で達成することも、もちろんできますが、同期がいるからこそ、自分の知識を深めたり、辛いことも乗り越えることができるのではないかと私は考えています。

 できないことばかり目についてしまう半年でしたが、こんな私にもできるようになったことがあります。一宮市立市民病院の当直では基本的に全てのことを自分一人で完結させることが求められます。例えば採血、点滴するにも自分で点滴を作成し、採血後は自分で分注を行い、検査科に送る、ゴミを適正な場所に捨てるまでが1連の流れです。仕事し始めは、採血してから点滴につなぎ、分注するまでに何度もルートから血液を噴射させ、辺りを血の海にしてしまいました。しかし、現在では一人で採血、血培をとることになってもある程度スムーズに行うことができるようになりました。小児科志望の私にとっては、小さい児のルートを失敗することなくとることができる回数が増えてきたこともささやかな喜びとなっています。
 できることが増えたこともあり、現在ではできなかったことを引きずるのではなく、次できるようにするために、どうすればよいかと考えることができるようにもなりました。

 研修生活の4分の1がすでに終わろうとしています。あと5ヶ月後には新しく後輩が入職し、自分は後輩に教える立場となります。今のままで、2年目の先輩のように後輩に指導することができるようになるのかと日々不安になっています。しかし、患者さんの命を左右する、患者さんに不利益を生じさせてしまうことができる医師という職業に就いている限り妥協は許されません。今はまだ、研修医という立場でありたくさんの方に支えられていますが、2年目、3年目になるにつれ自分だけで判断しなければならない場面、つまり責任が生じる場面に遭遇することが多くなります。来たるべきその日に備え、自分に足りないところに日々きちんと向き合い、努力し続けていきたいと考えています。

 医師になってからだけではなく、ラグビー部にいたときもよく先輩に言われた言葉があります。「考えを止めるな」という言葉です。最近になりこの言葉の意味が少し分かるようになりました。「知識がなかったから……」、「患者さんが多く時間がなかったから……」、など、過酷な現場で働いている医師が言い訳をしようと思えばいくらでもできてしまいます。しかし、それでは医師として、さらには人としての成長は完全にとまってしまうと私は考えています。どんな症例に対しても「もっとこうしてれば……」、「他の鑑別もあったのではないか……」、「他にとるべき身体所見があったのではないか……」などと考え続けることが成長をする上でとても重要になってくると思います。今日は無理でも、明日・明後日はより適確な医療を患者さんに届けるために、様々なことに対し、意識を張り巡らせることができる医師になりたいです。

 最後になりますが、このような文章を書く機会を与えていただきありがとうございました。自分の現在の状況、またはこれまでの思いを綴らせていただく場をいただくことで、自分が入職したときに考えていたこと、さらには現在どのような心境の変化があったかを再確認することができました。冒頭にも書かせていただきましたが、「知識不足は患者さんの不利益になる」。研修期間の中で答えの見つかるものではありませんが、この言葉の意味をこれからも考え、成長することができればと考えております。

 日頃よりご指導ご鞭撻いただいている先生方、同期や先輩方をはじめ、応援していただいている皆様に感謝し、研修医手記とさせていただきたいと思います。

 

令和2年1月1日


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