コラム

医療と医学

2025.07.01

アウシュビッツで考えた科学と倫理

パリでの学会(https://charcot2025.fr/)に参加する前に,週末を利用してアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を訪れました.リベラルアーツ研究会で「夜と霧(https://amzn.to/46lteC8)」を取り上げた際に関連資料を読み漁ったため,知識としては理解していたつもりでしたが,実際にその場に立つと,まったく異なる感情がこみ上げてきました.毒ガス・チクロンBが投げ込まれたガス室,そして通路一面に貼られた被収容者の顔写真を前にしたとき,胸が押しつぶされるような苦しさを覚えました.戦争は人間をここまで残虐にするのかという思いが改めて浮かびました.

科学者の狂気についても深く考えさせられました.チクロンBを開発したドイツ出身の物理化学者フリッツ・ハーバーはノーベル賞受賞者です.最近読んだ『天才の光と影』(https://amzn.to/4kjFKWj)という書籍では,ノーベル賞受賞者23人の人物像が紹介されています.ノーベル賞を受賞するほどの科学者と聞くと,優れた人格者であると考えがちですが,実際にはそうとは限らないことがわかります.冒頭で紹介されるフリッツ・ハーバーは,化学肥料の原料となるアンモニアの合成に成功し,1918年にノーベル化学賞を受賞しました.しかしそのアンモニアは,第一次世界大戦中には硝酸へと化学変化させることで火薬の原料として用いられました.さらに晩年のハーバーは毒ガスの開発に没頭し,ドイツ軍においてチクロンBを含む化学兵器の開発指揮を執るようになります.彼の行動を「科学的才能を大量殺戮兵器に費やしている」と批判したアインシュタインに対し,ハーバーは「毒ガスで戦争を早く終わらせることができれば,結果的に無数の人命を救える」と反論したといいます.

この本のあとがきに次のような一文があります.「実は,社会的地位が高ければ高いほど,あるいは高学歴であればあるほど,いったんオカルトを信じ込むと,自分の知性や権力を総動員して『妄信』を弁護しようとするため,さらに自分が間違っていることを自覚できなくなる.彼らは社会的影響力を持っているため,結果的にさまざまな分野で,恐ろしいほどの害悪を社会にもたらしてしまうわけである.ここで私たちはもう一度,『いつでも最も大事なことは,自分の頭で“考える”ことです』というポーリングの“教訓”を胸に刻む必要があるだろう」

本書には量子力学と核兵器開発についても詳しく述べられています.科学が社会に与える影響の大きさと,その危うさを実感しました.現代ではバイオ技術やAIでしょうか.科学者には専門性だけでなく,人間性を育む教育が不可欠であると感じました.そして,私達もまた権威ある他者の意見であっても盲信することなく,自分の頭で『考える』ことが大切であると改めて思いました.

一覧へ戻る