コラム

医学と医療

2018.04.02

人生の終末期をいかに支えるか -事前指示書からアドバンス・ケア・プランニングへ-

【ALSにおける事前指示書とアドバンス・ケア・プランニング(ACP)】

診断されて間もないALS患者さんが,自ら事前指示書を作成し持参されたことがあった.回診ではどうしたらその意思を尊重した良い事前指示書が作れるのかを主治医に考えていただいた.事前指示書の作成は実は難しいため,アメリカの多くの州で法的効力を持つ事前指示書『Five Wishes』を参考にして,日本の実情に合わせて作られた『「私の四つのお願い」の書き方―医療のための事前指示書』を参考にしていただいた.
また別のALS患者さんでは、新入院紹介において「NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)は行わないということでご本人のお考えは固まっている」と主治医がプレゼンしたことがあった.しかし「なぜそのような結論に至ったのか,その理由を理解し説明するように」主治医に伝えた.これは結論が重要なわけではなく,その結論に至ったプロセスが重要であるためだ.これらの事例は,事前指示書とACPを考えるうえで示唆に富む経験となった.以下,両者について解説を試みたい.

【事前指示書が必要であるわけ】

人生の終末期において,およそ70%の患者さんは意思決定が不可能になるという報告がある.そのため意思決定ができなくなる前に,あらかじめ本人の意向を確認しておけば,人生の最終段階におけるケア(エンド・オブ・ライフケア;EOLケア)が改善するのではないかという期待が生まれた.これを実現するものが事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)であり,「将来,判断能力を失った際,自分に行われる医療行為に対する意向を,前もって意思表示するもの」と定義される.事前指示は,自分が意思決定できなくなった時の代理人を指名する「代理人指示」と,治療に関する具体的な希望を記録する「内容的指示」が含まれる.

【しかし事前指示書によりエンド・オブ・ライフケアは改善しなかった】

事前指示書の効果を証明するために,米国5施設で行われた研究が有名なSUPPORT studyで,1995年,JAMA誌に報告された(The SUPPORT Principal Investigators. JAMA 274; 1591-8, 1995).症例数9000人以上に対して行われたランダム化比較試験で,エビデンスレベルは高い.方法は熟練した看護師が病状の理解を確認したのち事前指示を患者から聴取し,その情報を医師に伝えるというもので,事前指示を行った群と行わなかった群で,アウトカム(DNR取得から死亡までの日数,疼痛,医療コスト,患者・家族の満足度など)に差が生じるかを検討したが,何とまったく差がなかったのだ!この報告は衝撃的で,単に事前指示書を作っても,EOLケアは改善しないということを示したという意味で,きわめて意義のある研究となった.

【なぜ事前指示書ではEOLケアは改善しないのか?】

その後,なぜ事前指示書でEOLケアが改善しなかったのかが検討された.これまでの議論で,以下の要因が関与したものと考えられている.

  • 患者が,自らの将来の状況を予測することが困難であった.
  • 代理決定者(家族)が,事前指示書の作成に関与していなかった.
  • 代理決定者(家族)が,患者がなぜその選択したのか理由が分かっていなかった.
  • 医療従事者と代理決定者(家族)が考える患者にとっての最善と,患者の意向が一致しなかった.
  • 現実の状況は複雑であり,事前指示書の内容を医療やケアの選択に生かせなかった.

すなわち,患者・代理決定者(家族)・医療者のコミュニケーションが不十分で,相互の理解ができていなかったことが原因として重要であることが分かった.

【アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の登場】

以上を踏まえ,患者,代理決定者(家族),医療者が,患者の意向や大切にしていることを,あらかじめ話し合うプロセスこそが大切であるという考え方が生まれ,これをACPと呼ぶようになった.このプロセスがあれば,患者がどのように考えているかを深く理解できるようになり,たとえ複雑な状況に陥っても,代理決定者(家族)や医療者は対応することが可能になるのだ.このプロセスの後に,その内容を文章化して事前指示書を作成しても良い.またACPは最終的な意思の決定ではなく,定期的な見直しが行われる.

【しかしACPは必ずしも世界で普及していない】

ACPは質の高いエンド・オブ・ライフケアに必要なアプローチである.しかし必ずしも普及が進んでいない.その理由としては以下が考えられている.

  • 患者が,自分の人生の最後を予想することは難しい.
  • 患者が,人生の終わりを認めたくない.
  • 患者,家族にとって辛い体験であるであり,誰もが導入できるものではない.
  • 患者の意向が,経時的に変化しうる.
  • 医療者が,ACPを実際の臨床に生かすことは難しいことがある.
  • 医療者にとって,ACPの施行はかなりの時間と労力を要する.

またACPがうまくいかないケースとして,次の2つがある.

  1. 早すぎるACP・・・・かなり先の未来に対して意思決定をするケースである.どんな選択をしたかさえ覚えていないこともある.早すぎるACPは役に立たない.

  2. 遅すぎるACP・・・・生命の危機に直面しているときに行うケースである.この場合,患者も家族もACPを避ける傾向がある.すなわち遅すぎるACPは実際に行われないことが多い.

【ではACPをどのように行うか?】

ACPには健康な時に行う,病気になった時に行う,さらに終末期に行うという3つの段階がある.健康なときにはまず代理決定者を選定し,自身の価値観について話し合う.次に適切な時期に(1年程度を目安に)話し合いを継続する.そして病気に直面したときは,治療やケアの目標や具体的な内容について話し合う.その結果を事前指示書に残しても良い.ACPのまとめ方に関しては具体例が見たかったので「本人の意思を尊重する意思決定支援: 事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング」を参考にしている.このなかにはALS患者さんを含む多数の事例で,ACPについて学ぶことができる.「意思決定支援用紙」はとくに参考になる.この特徴は意思決定を支援する拠り所として「本人の意思の3本柱」として,本人の意思を過去・現在・未来の3つの時間軸で捉え,そのうえで,医学的判断と家族の意向を追加し,支援のポイント,合意形成に向けた具体的アプローチを決めていくというものである.

【ALS患者さんやMSA患者さんのACP】

以上の議論により,冒頭のALS患者さんにおいて,事前指示書を作成するだけでは不十分であること,また結論を伺うのみでは医療者としては不十分で,その結論に至った過程を理解することで,その後起こりうる複雑な状況に対応が可能になることをご理解いただけたと思う.個人的には倫理的議論があまり行われてこなかった多系統萎縮症(MSA)のACPのあり方についても考えていきたい.

本ブログは,日本臨床倫理学会 第6回年次大会の教育講演「アドバンスケアプランニング―いのちの終わりについて話し合いを始める」木澤義之先生(神戸大学医学部附属病院緩和支持治療科)を参考にした.以下,参考文献である.

「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について

Rietjens JAC, et al. Definition and recommendations for advance care planning: an international consensus supported by the European Association for Palliative Care. Lancet Oncol. 2017;18:e543-e551.

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