心筋オートファジーによる心機能改善のメカニズムを追っています

We are following the mechanism of cardiac function improvement by myocardial autophagy

3行で解説!心筋オートファジー研究

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    オートファジーは細胞が自らのタンパク質を分解・再生する仕組みです。

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    本研究ではオートファジーが拡張型心筋症の予後予測に有用なことを発見しました。

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    心筋オートファジーの活性化が、心不全治療につながる可能性もあると考えています。

ABOUT

オートファジーについて

オートファジーって?

細胞が自らのタンパク質を分解・再生

オートファジー(autophagy)とは自己貪食、自食作用と訳される生理学用語です。細胞が自己の細胞内小器官を二重膜で取り囲んだオートファゴソームを形成しリソソームと融合しオートリソソームを形成し内容物を消化し、アミノ酸やエネルギーを産生する生理的なメカニズムです。この時に電子顕微鏡で観察されるオートファゴソームとオートリソソームのことを総称してオートファジー空胞と呼んでいます。

オートファジー空胞の存在意義は長年不明でしたが、日本人生物学者・大隅良典博士(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)により、オートファジーは細胞が自らのタンパク質を分解・再生する仕組みであることが明らかになりました。

細胞イメージ

オートファジーのプロセス

オートファジーのプロセス

どんな役割がある?

細胞内の新陳代謝

自己の細胞内小器官を消化しエネルギーを産生する代償機構の役割と、細胞内の不要なタンパク質や傷んだ細胞内小器官を分解・リサイクルし細胞を健康な状態に保ついわゆるハウスキーピングの役割があり、細胞内の新陳代謝のために重要な機構とされています。

近年オートファジーのメカニズムの解明に伴い、オートファジーと疾患の関係が明らかになってきました。例えば認知症、消化器疾患、免疫疾患、代謝疾患、心筋疾患などでオートファジーが関係していると考えられています。

エネルギー産生

分解・リサイクル

世界的なオートファジー研究の動向

オートファジーの役割について様々な議論がある中で、大きく2つ「生存のために必要な生理的代償機構」という説と「一種のプログラム細胞死」という説があります。現在のところ前者が有力となっていますがまだ完全に結論は出ていません。
もともとは飢餓状態を生き延びる手段と考えられていましたが、定常状態でも蛋白分解による細胞内のエネルギー産生やアミノ酸のリサイクルに働く重要な機構とされています。

大隅良典博士(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が酵母の液胞の働きに着目し、すべての動植物細胞に共通する仕組み「オートファジー(細胞の自食作用)」を解明しました。さらに近年ではオートファジーは疾患と関係が明らかとなり新たな治療法を生み出す可能性が秘められていることから世界中で研究が進んでいます。

INTERVIEW

研究インタビュー

岐阜大学大学院医学系研究科・内科学講座・循環器内科学分野

大倉宏之 教授

岐阜大学医学部附属病院 第2内科

金森寛充 准教授・医局長

インタビュアー 角谷貴 学生研究員、久米翔太 学生研究員

心筋細胞におけるオートファジーの役割と、臨床現場への応用

今回の研究紹介は、2016年ノーベル賞受賞のテーマとなったオートファジーを20年以上前から研究している教室の先生方に、心筋オートファジー研究についてお話を伺いました。

INTERVIEW01

心筋オートファジーとは?

金森准教授

金森寛充 准教授・医局長

オートファジー空砲

オートファジー空砲

心筋オートファジーの働きとは?

エネルギー源の不足時にオートファジーを亢進させ、心機能を維持

循環器内科では心不全、心臓が何らかの異常により血液を全身におくることができない状態となった患者さんを治療します。心不全になる原因は様々です。弁膜症や虚血性心疾患、高血圧などが代表的ですが、そういった原因が無いにもかかわらず心機能が低下する場合があります。

その際には原因を調べるため「心筋生検」という検査を行います。これは心臓の中にカテーテルという細い管を入れて、その中にマジックハンドがついた鉗子を通し心筋を採取し病理診断を行う検査です。この心不全の心筋(不全心筋)を電子顕微鏡で観察すると心筋細胞の内部にミトコンドリアや壊れた小器官、グリコーゲンを含有した空胞にしばしば遭遇します。これがオートファジー空胞です。

そういった現象は昔から知られていましたが、何故不全心筋でオートファジー空胞がたくさん観察されるのか不明でした。

オートファジーは空胞の形成と消化・消失という2段階のプロセスなので、このプロセス全体が亢進していても、後半が抑制されていても空胞の数は増えます。つまり空胞の数の多寡のみではオートファジーの活性の程度は判断できないのです。空胞があることが病気なのか、空胞を作ることで生体の機能を代償しているのかわかりません。そこで私たちは心臓におけるオートファジー空胞の意義を調べることにしました。

既報から生体において絶食がオートファジーの強力な誘導因子であることが分かっていましたので、私たちはまずは絶食状態の心筋を対象に研究を進めました。その中で絶食状態でも心機能は低下しませんが、ここにオートファジーを阻害する操作を加えると心機能の低下がみられ、その心筋内ではエネルギー産生が低下していることが分かりました。

つまり心筋細胞は絶え間ない収縮と拡張を繰り返し多量のエネルギーを必要しますが、外部からのエネルギー源の供給が不足した場合はオートファジーを亢進しエネルギー産生を代償し心機能維持することが分かりました。

心臓病などの疾患に対してどのような効果がある?

動物モデルではオートファジーの促進が治療につながった

オートファジーが心機能の維持に重要な機構であることが分かりました。さらに私たちは病的状態でオートファジーはどうであるかを調べるため心疾患の動物モデルを用いて研究を続けました。

まずは心不全患者さんの原因としてもっとも多い虚血性心疾患(急性期心筋梗塞、慢性期心筋梗塞後心不全)から開始し、糖尿病性心筋症、高血圧性心筋症、抗がん剤による薬剤性心筋症、遺伝性拡張型心筋症と徐々に対象となる疾患を広げ心臓病におけるオートファジーの働きを研究していきました。

その結果、疾患によってオートファジーが亢進しているものと逆に抑制されているものがあることが分かりました。さらにそれぞれにオートファジーの阻害操作、促進操作を検討したところ、いずれの病態においてもオートファジーを促進することが治療につながる(心機能が改善する)ことが分かりました。

これらの基礎的な動物実験から、心不全においてオートファジーが保護的役割をもちこの誘導を促すことが治療になることが想定されました。しかし、臨床応用を考えたとき、これらの研究はすべて動物モデルであり、ヒトでも同様の結果となるかは不明です。

INTERVIEW02

臨床現場での応用について

大倉教授と金森准教授

どのような臨床現場での応用を期待できそうですか?

オートファジーが促進しているほど予後が良い

動物実験ではオートファジーを誘導することが治療に役立つであろうことが分かりました。

しかし、ヒトではどうなるか分かりません。オートファジーは自己貪食なので短期間の亢進はレスキューになりますが長期間にわたる促進は自己を消滅させ悪影響を及ぼすかもしれません。

また、ヒトの不全心筋ではオートファジー空胞が多いことは先の心筋生検の結果からわかっていましたが、先に述べた様にこれだけでオートファジーが促進しているのか抑制しているのかを判断することはできません。もちろん、いきなりオートファジーを誘導する薬剤を用いた治療を試すことはできません。

そこで当研究室では長年蓄積している心筋生検の標本を用いてヒトの心不全の心筋オートファジーを調べることにしました。心不全は症候名であり病名ではありません。心臓が何らかの異常により血液を全身に送ることができない状態のことを心不全といい、心不全の原因となる心臓病は多くあります。

研究イメージ

その中の一つに特発性拡張型心筋症(DCM)という病気があります。この病気は現在原因が不明です。心筋生検を含む種々の検査を行い、除外診断(考えられうる病気を否定していく)によりされます。生命予後は悪く、心臓移植の原因疾患としても有名です。この病気は進行すると心臓が拡張し収縮力が弱くなります。この病態を左室リモデリングが進行するといいます。

以前は、この病気は致命的に予後が悪いとされてきましたが、適切に薬物治療を行えば約4割の患者さんは心臓のサイズが縮小し収縮力が戻ることが分かってきました。この現象は左室リバースリモデリング(LVRR)と呼ばれています。

LVRRを示す心不全では、LVRRを示さない心不全に比べて予後が良いことがわかっており、DCMの患者さんにおいて、LVRRを達成することは重要な治療目標です。しかし、同じ治療を行ってもLVRRする患者さんとしない患者さんがあり、なぜその様な違いが出るのかわかっていません。

私たちは動物実験の結果から、オートファジーがLVRRに関与しているのではないかと考えました。そこでDCM患者さんの臨床像と心筋生検で得られた組織の電子顕微鏡観察と免疫染色から、オートファジーに着目して調べることにしました。

その結果、DCM患者さんの心筋細胞ではオートファジーが亢進しておりその結果としてオートファジー空胞が多く観察されることが分かりました。さらにDCMの診断時にオートファジー空胞やリソソームの発現が多い方が、つまりオートファジーが促進しているほどLVRRしやすく予後が良いことが分かりました。

このことからオートファジーは、DCMの予後予測のマーカーになることがわかりました(J Am Coll Cardiol. 2022)。

INTERVIEW03

今後の研究計画について

大倉教授

大倉宏之 教授

今後の研究計画について教えてください

オートファジーを使った予後予測。
心不全治療に活用できる可能性にも期待

大きく分けて2つあります。
1つは、オートファジーを使った「予後予測」。

心筋生検の病理組織を見て、この患者さんが将来的に良くなるか悪くなるかあらかじめ予測がつくため、この先の治療へ反映していくものです。具体的にはLVRRが期待できない場合は、治療方針として薬だけで漫然と治療を続けるのではなく、メカニカルデバイス(人工心肺などの機械による補助)を導入したりや将来的には移植も視野に入れるなどです。逆にLVRRが期待できる患者さんはそのまま治療を継続し、回復を待つということになります。

ただし、現在の所、LVRRする時期までは予測できません。私たちの研究では個人差が大きく、半年程度で良くなる人もいれば、2年くらい要した患者さんもあります。引き続き、予測の精度を上げる研究が必要と考えています。

もう1つは、「オートファジーを人為的に変えること」。

私たちの研究からDCMの心不全においては診断時にオートファジーの活性が高い方がLVRRしやすく予後が良いことが分かりました。これはたとえ診断後であっても人為的にオートファジーを長期に亢進することができればLVRRが期待できることを示します。

オートファジーを誘導する手段は世界中からいろいろ報告されています。私たちも動物実験でカロリー制限やレスベラトロール(ポリフェノールの一種)、メトホルミン・SGLT2阻害薬(糖尿病薬の一種)がオートファジーを誘導することを報告しました。しかしこれらは心筋オートファジーに特異的ではありません。今後は心臓特異的にオートファジーを効率よく誘導するような薬剤や方法の開発が望まれます。

オートファジーを利用した心不全治療は未だ確立していないので成功すればこれまでとは全く違う新規心不全治療につながります。そのハードルはものすごく高いと考えていますが、実現できたらと思うと夢があります。

AIイメージ

「予後予測」の精度をどう高めると今後社会に大きく影響を与えると思いますか?

AIとの融合で病状を予知、予測、判断

オートファジーが亢進しているところを見るためには、現時点では特殊な染色や電子顕微鏡を用いないとわからないのが一番の問題です。しかし、現代ではAI (Artificial Intelligence)が発達しつつありその様なテクノロジーとの融合も考えています。

私たちは既にLVRRしたか否かの症例を持っているため、それらの病理組織で電子顕微鏡や染色で得た正解と一般的な画像診断、症状などその他にも得られる情報とを照らし合わせることによって、AIで正しく予知、予測、診断できないかと考えています。

AIが我々の気がつけていない細かく複雑な状態まで解析しその特徴を見つけてくれることでより正確に時間をかけず、人である医師はオートファジーが亢進している、亢進していない、を簡便に判断できます。

こうして治療の選択が標準的な検査だけの結果からでも選べるようになれば、より臨床に貢献できるようになると思っています。

RESEARCHER

研究者紹介

大倉宏之 教授

岐阜大学大学院医学系研究科
内科学講座 循環器内科学分野

大倉宏之 教授

OKURA HIROYUKI

PROFESSOR

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金森寛充 准教授・医局長

岐阜大学医学部附属病院
第2内科

金森寛充 准教授・医局長

KANAMORI HIROMITSU

MEDICAL DIRECTOR

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大倉教授について

  • 循環器内科を専攻している魅力や理由を教えてください。

    一番他の診療科と違うところは「心臓は動く臓器」ということです。

    病理組織は動いているものを静止画像でみるため、ある瞬間の状態を見てるとはいっても動いていることを加味してダイナミックなことを推測しながら考えることが必要です。動いてるものということがまず大きく違いますが、それ自体が魅力的なわけではなく、循環器疾患や循環器診療の一番の魅力は治療の幅です。

    例えば、オートファジーを促進することによって、心機能の改善をもたらすような薬物治療ができないか、ということを考えました。

    これまでの様々な薬物治療において、心血管系の疾患については多くの薬剤が登場し、薬を駆使することで心機能の改善が得られるようになりました。一方で、薬だけではどうにもならない形態的な異常、例えば冠動脈が狭窄してしまったというような場面では、薬を使っても狭窄が完全に解除されるわけではありません。そのため、大動脈弁狭窄症が進み、弁膜症が重症になります。

    このような薬剤では改善できない疾患には、外科や心臓外科など他の領域の外科の先生たちの手を借りながら連携して、改善させるための介入が行われないと治療できなかった過去がありました。しかし今では、循環器内科に関しては、カテーテルを使って自分の手でその狭窄を解除する、外科的な治療ができるようになってきました。

    このように治療が広がり、昔は手術しないとできなかった弁膜症のほとんどがカテーテルでの手術が可能になるなど進歩してきたということが、治療の上での大きな魅力です。

  • 臨床もされながら研究をしていて大事にしていること楽しいと思うことを教えてください。

    診療面だけではなくて研究面でも新しい知見が見いだせる、そのことが画像診断や病理組織診断においてすごく魅力に感じるところです。

    一貫したテーマをもって研究するということは臨床研究でもあります。一方で、患者さんの診療をしている中で、あるデータや画像の所見からこれまで知られている知見とは異なる「違和感」のようなものをおぼえることがあります。その違和感に対して検証を実施することで新しい研究が始まる場合があります。

    それらのなかには実はほとんどの人が見ているようで見過ごしてたような所見やデータが含まれます。かならずしも特殊な検査でなく、日常的な検査、所見、検査データで普段は見過ごしてしまっているようなことでも、その意義について検証してみようという流れで研究が始まることがあります。これは臨床をやっているからこそできることだと思います。

    まだ誰も気がついていないことに自分で気がつき、それを世界に先駆けて発表することはすごくおもしろみがありますし、それが実際の診療に繋がるいうことであれば尚更うれしいです。

    臨床は必ずしも研究の題材を探すものではありません。しかし、ただ単に目の前の現象に向き合い、ありきたりな解釈をすることにとどまらず、「これはなぜこうなのか」、「これに何か意味はないのか」という意識をもつことの重要性を、これまでの研究活動を通じて認識することができました。このことはこれからも大事に持ち続けたいです。

  • 内科を志望した経緯を教えてください。

    学生の時は外科系しか考えていませんでした。

    心臓外科と脳外科が自身の中では二大候補の分野でしたのでその分野の説明会などには真剣に参加していましたが、当時はあまり内科を考えていませんでした。

    転機は友人に誘われて、大学以外の研修病院で研修を選択したことです。このことがきっかけで奈良県内の研修病院である、天理よろづ相談所病院で初期研修を行うこととなりました。ここでの研修中に「循環器内科」には外科的な側面もあることがわかり、外科系だけしかみてなかった自分の視野が大きく広がることとなりました。

    また、同僚や指導医といった、「人」にもとても恵まれ、循環器内科医を目指すようになり、今日に至ります。

  • 学生、医師、研究者を目指す方に伝えたいことはありますか?

    学生時代は将来のことも含め、いろいろなことを悩み、考え日々過ごしていることと思います。必ずしも皆さんが基礎研究をやりたいと思っているわけでもなければ、学生の間から高い意識をもって研究に取り組もうと思っているわけではないと思います。

    なかには明確な目標も見つからず、日々自宅と大学の往復で合間に少しバイトをするだけの生活をされている方もいるかもしれません。でも、私は学生の間に明瞭かつ将来的な目標、ビジョンが出来てなくても全然気にすることはないと思っています。

    人生はすごく長いです。学生の時しかできないことはありますが、その先々のある日に突然何かとの出会いによって自分の人生を決めることになるかもしれないのです。それは偶然かもしれないし、必然かもしれないです。

    明確な目標を持ってる人はもちろん素晴らしいですが、目標がなくてもいずれ何かに出会えると思い、その時に備えて、今すべきことを最低限やっていればきっと明るい未来がやってきます。

金森准教授・医局長について

  • 研究を始めたきっかけを教えてください。

    私はミクロな形態から病態を考え診断していく病理学が好きで、学生の頃から基礎研究に興味を持っていました。一方で、診断だけでなく治療もできる臨床にも魅力を感じていました。結局は、論理的な思考ができることと対象が動く臓器であることに面白さを感じ治療もできる循環器内科を選びました。

    大学を卒業し研修医、レジデントとして修練していく中で、循環器内科の診断とダイナミックな治療にやりがいを感じていましたが、しばしば疑問を感じる場面に遭遇しました。例えば同じような背景の心不全でも、同じ治療で改善する患者さんとそうでない患者さんを経験します。薬理的に同じ薬であっても患者さんによって反応が異なるのです。

    それは患者さんの個人差などいろんな理由があるのでしょうが、そこで思考を終了させるのではなく、何か特別な病態になっているのではないか?細胞レベルで何か違っていないか?などを疑問に感じるようになり、詳しく勉強したくなりました。そこで心不全に関する基礎研究を希望し、現在の教室の大学院に入学させていただきました。

    大学院生のときは、心筋梗塞後の心不全における心筋の間質細胞の細胞死の一つであるアポトーシスを研究していました。その後に心筋細胞に興味が移り、大学院を卒業するころからオートファジーの研究を始めましたので、合わせて20年以上前から心筋の病理を研究しています。

    アポトーシスもオートファジーも電子顕微鏡観察が必要な研究テーマです。私たちの教室では心筋生検の電子顕微鏡観察を、自分たちの手で行っています。多分他大学ではこうした体制は少ないのではないかと思います。その中で、心不全の心筋細胞にオートファジー空胞がしばしば見られることに私の恩師が気づき、私も研究に参加することになりました。

    古くからオートファジー空胞の存在はいろんな細胞で知られていましたが、心筋細胞の中での存在意義はよく分かっていませんでした。文献をあたりながらの手探りでの研究でした。

    教科書に書かれていないことを自分たちで切り開いていくのでいろいろ困難なことがありましたが、興味がつきず現在まで続いています。

  • 臨床もされながら研究をしていて大事にしていること楽しいと思うことを教えてください。

    私は臨床医で患者さんを診察する傍らで基礎研究をしています。臨床現場からの発想を大切に、研究のための研究にならないようにしています。病気の時は臓器や細胞はどうなっているのだろうか?という、素朴な疑問を大事にしています。

    特に心筋生検の病理標本は様々なことを教えてくれます。検査レポートの文字から診断を確認するだけでなく、自分の目で実際に顕微鏡をのぞいて確認します。さらに電子顕微鏡まで観察するといろいろな情報が得られます。診断は大切ですが、同じ心不全でも見えるものが同じとは限りません。ミクロの形態を直接自分の目でみることで理解が深まります。

    その形態は臨床的にどんな意味があるのか?治療に結び付けられないか?そこで感じる印象やひらめきを大切にしています。

    その後は疾患動物モデルや細胞を用いて実験し作業仮説を重ねていきますが、一つ一つの過程で自分の仮説が正しかったときは嬉しく、最終的な結論まで到達できると達成感とやりがいを感じます。教科書に書かれていないことに気づくこともあり、世界で自分が最初という高揚感が得られます。

    一方で、自分が初めて見つけたつもりでも、既に他の誰かが報告済みということもあります。少しの差で先を越されることも経験しました。その時には残念な思いをしますが、見方を変えると自分の考えが世界とつながっていることを示しているので、それはそれで嬉しいものです。

    大きな研究成果はなかなか得られませんが、そういった日々の小さな喜びを感じ継続していくことも研究の面白さだと思います。

  • これまでの研究で感動したこと、残念だったことを教えてください。

    研究生活は毎日が感動の連続です。特別な新しい発見でなくても、教科書の内容であっても自分の手で確認することは楽しいものです。例えば心不全のときにはこの蛋白が発現する、こんなシグナル伝達が起こることが既報で分かっていても、自分で再現できると自信がつきます。さらに自分なりのアイデアを加えることで新しい知見が得られると興奮します。

    私たちは遺伝性の拡張型心筋症のモデルマウスにメトホルミンを投与すると、オートファジーが誘導され心機能が改善することを報告しました(Circ Heart Fail. 2019)。これはヒトの疾患のモデル動物でオートファジーを介した治療を試みたものです。メトホルミンは古くからある糖尿病の薬で真新しい薬ではありません。この薬は血糖低下作用以外に心不全への治療効果が臨床で報告されていましたがメカニズムははっきりしていませんでした。

    そこで私たちはメトホルミンの薬理作用からオートファジーが関与する仮説を立て動物モデルで証明しました。この研究を遂行する中で古そうな内容でもアイデア次第で新しいものが見えてくること、オートファジーが疾患にも応用できそうなことに感動しました。

    しかし現実はスムーズにはいきません。実験の結果が思うように出ないときなど、失望することの方が多いです。また自分の考えがなかなか受け入れられない時は特に残念に感じます。自信を持って論文を投稿しても、辛辣なコメントのついたrejectの査読結果を見るたびに悔しい想いをします。査読者から見ると実験方法に問題があるのかもしれませんが、自説を否定されるのはつらいものです。しかし後日別の雑誌で、受理された自分たちの論文がたくさん引用されることもあります。

    研究の評価は後からされることもあるので、研究というものは他人の評価に阿らず自分の考えを主張し続けることも大切であると感じています。

  • 学生、医師、研究者を目指す方に伝えたいことはありますか?

    医師でも学生さんでも、研究離れが進んでいると言われています。基礎研究なんかしていても将来何の役に立つのだろうと思われる方がいるかもしれません。多分基礎研究と臨床との隔たりがそう感じさせるのでしょう。

    基礎研究と臨床は対局にあるようですが、実は密接につながっています。私たちのオートファジー研究もヒトの検体から出発し、基礎研究を経て、臨床に戻ってきました。この研究がどの程度実臨床に貢献できるか分かりませんが、過程にある基礎研究の体験をすることは無駄ではないと信じています。よく言われることですが、“今教科書に書いてあることは過去の研究の成果”なのです。ガイドラインも改訂され続けます。ひと昔前の医学・医療の常識が変わることはよくあることで、常に進化し続けています。

    研究は未来を切り拓く“創る”作業ですので夢があります。ですからぜひ皆さんも研究に参加し、医療を創る喜びを知っていただきたいと思います。また研究を続けていてもすぐに大きな成果を得ることはできませんが科学的な思考のトレーニングになります。これは臨床医を続けていく上でも重要で、ものの考え方の幅が広がります。

    このように研究生活では得るものは多いと思いますので敬遠せずに、一度は研究の世界に身をおかれてはいかがでしょうか。

LABORATORY研究室紹介

循環器内科学では急性心筋梗塞、心不全、弁膜症、不整脈などの急性期疾患の診療を行っています。研究面ではAIによる心血管画像診断、心筋再生医療、心筋細胞死などに取り組んでいます。教育面では、総合力のある循環器内科医育成をめざしています。