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VOICE -岐大医学部から- 退職教授からのメッセージ

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『VOICE-岐大医学部から-』第77回は、平成28年3月をもって退職された、医学系研究科 再生分子統御学講座 病原体制御学分野 教授 江崎 孝行先生にお話を伺いました。

■ 教員生活を振り返って

江崎教授
略 歴
1951年生まれ、専門は病原体制御学。
1977年に岐阜大学医学部卒業。1982年に岐阜大学大学院を修了後、岐阜大学医学部微生物学講座助手、同講座講師、JICAの医療専門家としてケニヤ及びタイでの海外勤務を経て、1990年に岐阜大学医学部教授。2016年3月をもって定年退職。
国際微生物連盟命名委員(1990-現在)、Bergey's manual国際理事(1991-現在)、国際微生物連盟裁定委員(2000-現在)、株式会社AMR代表取締役(2004-現在)、日本微生物資源学会理事(2006-現在)、日本学術会議連携委員(2006-2008年)、日本細菌学会理事(2006-2008年)、日米コレラ合同委員会(2006-現在)、経済産業省産業構造審議委員(2007-2011年)、日本微生物資源学会理事長(2015-現在)。
黒屋賞(1986年)、小酒井賞(1986年)、日本微生物資源学会賞(2008年)、小島三郎賞(2013年)、岐阜新聞学術賞(2014年)、中小企業優秀新技術賞(2014年)受賞。

1990年以来、教授職を26年間勤めましたが、医学部学生として1970年に入学してから退職まで合計46年間、岐阜大学でお世話になりました。学生への教育法は随分と様変わりしました。Tutorial教育が始まり、学生に自分で疑問を持たせ、自分で考える教育をするだけでなく、個々の学生がどのレベルにあるかをしっかりと評価して、その記録を客観的に残さなければならない時代になろうとしています。試験で40点しか取れなかった学生に、"君は学習目標設定に対し、この分野の理解が、要求レベルに達していない"と自信をもって指導できたかと問われると首をかしげます。基盤能力、総合能力、応用力をきちっと評価するには、選択式だけ、あるいは記述式だけでは、的確な評価はできないと主張してきましたが、理解はえられませんでした。しかし、いずれ、個人評価表が学生ごとに作成され、4年で卒業、あるいは10年かけて卒業するといった欧米の単位取得制度も導入されてくると予測しています。そうなれば教官は教育に時間がとられ、研究に時間をさけなくなります。必然と基礎研究者の魅力が低下し、人が来なくなります。朝6時に家を出て夜10時に帰る生活を40年継続できたのも、研究に対する魅力があったからです。医学部の基礎研究の将来を危惧しています。

 

■ 次世代へのメッセージ

学生時代は1年目から微生物学講座で柔道部の先輩の研究を手伝い、これがきっかけで卒業まで微生物学講座に入りびたりでした。研究室の先生方は無芽胞嫌気性菌感染症研究の我が国のトップランナーだったので、国内外の多くの研究者と意見を交換し、刺激を受けるチャンスを早くから得ました。大学院時代も途中で休学し、米国に留学、嫌気性菌研究の世界のトップランナー達に早くから巡り合ったのも、研究生活を振り返ると、重要な経験でした。帰国後、退官された教授の後には、女性の薮内教授が就任され、これまでと正反対の好気性の研究が始まりました。薮内先生はこの分野の世界のトップランナーでした。薮内先生からはインパクトのある論文を書けと叱咤激励され、研究者としての姿勢を学びました。薮内先生は"血のにじむ思いで、データを取り、その自信があるデータを基に最大限の主張をして論文を書く。データだけ出して、主張のない論文は、競争相手にデータを献上しただけで、書く価値がない"と、若手研究者の尻を叩いておられました。

江崎教授

薮内先生の下で、JICAの専門家としてアフリカ、アジアで高度病原体の感染症を学び、病原体に触れる機会を持ったことは自分の自信になり、教授になってからの研究テーマの選択に重要な貢献をしたと思っています。研究は自分の分野だけにのめりこまず、他の研究者の分野の研究にも理解の目を向けると、その知識はいつか自分に大きく視野を開かせ、飛躍させてくれます。安定だけを求め、チャレンジをしない人生なんてつまんないものです。

 

 


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