コラム

脊髄小脳変性症

2018.04.18

抗mGluR1抗体の測定は純粋小脳失調症の診断において今後必要である!

【mGluR1の機能と疾患との関連】

代謝型グルタミン酸受容体1型(metabotropic glutamate receptor type 1;mGluR1)は,主に小脳プルキンエ細胞に分布し,運動学習に関わる重要な蛋白として知られている.具体的には興奮性,可塑性,生存に関与している.また脊髄小脳変性症の病因にもなることが知られている.その遺伝子変異は,常染色体劣性遺伝性の先天性小脳性運動失調症の原因となる.さらにこの受容体に対する自己抗体,すなわち抗mGluR1抗体が陽性となる自己免疫性小脳性運動失調症の論文が海外から5つ報告されている.しかし本邦における報告はなく,かつ世界的に見ても長期経過や治療反応性についての報告はなく不明であった.今回,岐阜大学の吉倉延亮,木村暁夫らがこの問題に取り組み,重要な知見を得たのでご紹介したい.

【症例 ―診断―】

51歳女性,初発症状は歩行障害,構音障害で,約2ヶ月間の経過で進行した.画像上,小脳萎縮は目立たなかった.純粋な小脳性運動失調を呈し,亜急性の経過であったため,傍腫瘍性小脳変性症を含む自己免疫性小脳性運動失調症を念頭において自己抗体の検索を行なった.商業ベースで測定可能な既知の自己抗体(HuD,Yo,Riなど)がすべて陰性であったため,抗mGluR1抗体に対するcell-based assay法による測定系を岡崎生理研との共同研究のもと確立し,患者血清および髄液中の抗mGluR1抗体の検出に成功した.具体的にはCOS7細胞にmGluR1を一過性発現する系において,患者血清を用いた免疫染色を行なった(患者では図Aの赤い部分のように染色された.図Bは健常対照).さらにラット脳切片を,患者髄液を用いて免疫染色したところ小脳の分子層が染色された(分子層の深層にはプルキンエ細胞が並び,その樹状突起は分子層に存在する).非常に美しい画像であるが,第一著者の吉倉延亮先生は「自分で行った免疫細胞染色,組織染色の画像を見たときには感動した.このような感動はモチベーションの維持に重要だと思った」と話している.

【症例 ―長期経過と治療反応性―】

本例は現在も経過観察中であるが,発症後5年間にわたり,SARAスコア等を用いた長期経過観察を行ない,客観的な評価ができた点において従来の報告と大きく異なっている.上述のとおり,発症時では小脳萎縮は目立たなかったが,5年後には小脳萎縮は顕在化し,SPECTでは小脳血流の低下も認められた.

症状の増悪と免疫療法による改善を繰り返し,計4回の入院治療が行われた.具体的にはステロイドパルス療法,血漿交換,タクロリムス,アザチオプリン、IVIG,リツキシマブが行われた.とくにIVIGは小脳性運動失調に対して,小脳萎縮が明らかになったあとでも,速やかな改善効果を示した.

【本例が示す3つの重要なポイント】

  1. 純粋小脳失調症において抗mGluR1抗体陽性例が存在する!
    純粋小脳失調症の本邦例でも,抗mGluR1抗体陽性例が存在することを確認した.本例は病初期から神経内科医による評価が行われたため亜急性の経過が確認されたが,病初期に神経内科医による評価が行われなかった場合には自己免疫性小脳性運動失調症が疑われない可能性がある.疑ったとしても,これまで抗体のアッセイ系が本邦においては確立していなかったため、未診断で経過観察されているものと考えられる.本疾患の未診断例が国内に相当数存在する可能性がある.

  2. 本疾患は治療可能である!
      本例は免疫療法が有効であることを明確に示した.とくに強調したいのは小脳萎縮・血流低下が見られた進行期においても,IVIgが速やかな効果を示した点である.前述のようにmGluR1は小脳において興奮性,可塑性,生存に関与する.よってこの抗体は短期間では機能障害,長期間では神経変性(プルキンエ細胞の脱落)に関わるものと予想される.神経変性が進んだ進行期においても,機能障害を呈するプルキンエ細胞が存在する可能性を考えて,治療介入を試みる必要がある.

  3. 抗体は長期に産生される!
    免疫療法を行なっているにも関わらず,発症67ヶ月後においても抗体が持続的に産生されていた.このことは十分な経過観察が必要であること,慢性期においても十分な治療を要することを示すものである.

【結論】

今後,純粋小脳失調症,つまり原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)の基準を満たす症例において,抗mGluR1抗体を測定することは治療につながるという意味で重要になる.脊髄小脳変性症に対する治療は有効なものがなく歯がゆい思いをしてきたが,まずは治療可能な症例をきちんと見出すことが大切である.

【検査依頼について】

純粋小脳失調症やSAOAと考えられる症例の自己抗体の検索を当科ではお引き受け致します.お問い合わせは当科吉倉延亮医師までお願い致します.

Yoshikura N, Kimura A, Fukata M, Yokoi N, Harada N, Hayashi Y, Inuzuka T, Shimohata T.Long-term clinical follow-up of a patient with non-paraneoplastic cerebellar ataxia associated with anti-mGluR1 autoantibodies. J Neuroimmunol 319; 63-67, 2018

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