コラム

脊髄小脳変性症

2018.01.23

ノーベル化学賞から見たポリグルタミン凝集体

【ポリグルタミン凝集体と私】

私が初めて取り組んだ研究は,ハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症の病因蛋白に含まれる「伸長ポリグルタミン鎖」が細胞に与える影響を明らかにすることであった.培養細胞であるCOS細胞やHeLa細胞にトランスフェクション法により一過性に病因遺伝子の導入を行い,伸長ポリグルタミン鎖が核の近傍に塊,すなわち凝集体を作る様子を毎日毎日,蛍光顕微鏡で観察した(図A).先輩医師と取り組んだこの研究は,凝集体の形成におけるトランスグルタミナーゼの関与と,治療としてその阻害剤が有用である可能性を示し注目された(Nat Genet 1998).その後,私はこの凝集体の意義を寝ても覚めても(笑)考え続けて,①ポリグルタミン鎖は細胞骨格の微小管に沿って輸送され,微小管形成中心という核近傍の構造物内に集められること(Neurosci Lett 2002;図B-D),②神経細胞の生存に必要なCREB転写に必要な転写コファクターTAF130は伸長ポリグルタミン鎖と結合し,凝集体内にトラップされ,CREB転写が機能しなくなることを明らかにした(Nat Genet 2000).ちなみに図Aの矢印はGFPタグ付きで緑色に光る,伸長ポリグルタミン鎖が形成する核近傍の凝集体,図Bは微小管形成中心を示すマーカーであるγチュブリンの局在,図Cは細胞骨格ビメンチン,図Dはβチュブリンとの関係を示している.

現在,伸長ポリグルタミン鎖の毒性はオリゴマーにあると考えられ,凝集体形成は細胞が毒性を軽減するための保護機構であると考えられている.また伸長ポリグルタミン鎖はin vitroではfibril (線維を構成している微小な組織単位)を形成することが報告されているが,細胞内ではどうななのか明らかにすることは技術的に困難であった.

【ノーベル化学賞,クライオ電子顕微鏡の登場】

クライオ電子顕微鏡(Cryo-Electron Microscopy)は,構造生物学者が原子レベルの分解能で構造解析を行なうための手法である.2017年,開発に関わった3人の研究者がノーベル化学賞を授与されたことは記憶に新しい.これまで原子レベルで生体分子の構造解析を行なう方法は,X線結晶構造解析と核磁気共鳴のみであったが,第3の構造解析法として注目されている.「クライオ」は「低温・冷凍」の意味の接頭語であるが,水が氷になれないほどのスピードで,極低温により急速凍結し,「ガラス質(アモルファス)の氷」で凍結水和した試料を観察することにより,試料の超微細構造を損なわずに元の状態のまま観察することができる.このため従来困難であった巨大なタンパク質や複合体が解析できる.

【クライオ電子顕微鏡から見たポリグルタミン凝集体】

ドイツを代表するMax Planck研究所の研究者らは,ハンチントン病の病因タンパク質ハンチンチン(Htt)をコードする遺伝子のうち,伸長CAGリピート(97リピート)を含み,GFPタグが付いたハンチンチンエクソン1(Htt97Q-GFP exon1)をマウス初代培養神経細胞に強制発現させた.図Eは前者に発現させたものであるが,私が塊として見ていた凝集体は,青色で示したアミロイド様のfibrilが放射状に伸びた構造物であったことが分かる.その周囲にある緑色の構造物はリボソームで,赤が小胞体膜,金色がミトコンドリアである.小さな四角を拡大したものが図Dで,小胞体の膜がfibrilによって串刺しにされ,形態が歪められていることが分かる.一方,核内にも凝集体ができるが,核膜には異常な形態変化はなかった.さらにHeLA細胞にて同様の実験を行い,やはり小胞体膜の形態に障害が生じていることを確認している.さらに凝集体周囲の小胞体膜動態が著明に抑制されていることを確認している(図G).これらの結果は細胞保護的に作用すると考えられてきた凝集体が,小胞体の膜障害を介して,細胞毒性をもつ可能性を示唆している.

【研究の限界】

私が昔から観察してきたものの正体を見ることができ,しかも非常に美しい画像の連続で,感激しながら論文を読んだ.しかし,本研究のポリグルタミン病の病態解明に対する貢献は乏しいように思う.①全長ハンチンチンではなく,エクソン1のみという人為的な蛋白での検討であること,②過剰発現の実験系であること,③小胞体ダイナミクスを含む多くの実験が非神経細胞を用いていること,があげられる.結果の解釈についても,凝集体による小胞体膜の障害を介した毒性を示したものの,細胞保護的な効果が否定されたわけではない.恐らく凝集体はその両面を併せ持つのだろう.

Bäuerlein FJB, et al. In Situ Architecture and Cellular Interactions of PolyQ Inclusions. Cell. 2017 Sep 21;171(1):179-187.e10.

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