コラム

医療と医学

2020.05.28

COVID-19:失調性歩行と動作時振戦にて発症し,脳梁病変を認めた75歳男性の経験

下記論文を,J Neurol Sci誌に発表しましたので,以下,します.岐阜大学医学部循環器内科佐橋勇紀先生,林美紗代先生,大倉宏之教授,岐阜県総合医療センター馬場康友先生とともに執筆しました.
Hayashi M, Sahashi Y, Baba Y, Okura H, Shimohata T. COVID-19-associated mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion. J Neurol Sci. May 26, 2020
https://www.jns-journal.com/…/S0022-510X(20)30278-1/fulltext

【症例】75歳男性.数日前から左手に目立つ両手のふるえと歩行時のふらつき,尿失禁が出現.このため前医内科外来を受診.神経学的診察では指鼻指試験で両側性の運動時振戦(左優位),失調性歩行を認めたが,その他の神経徴候は認めなかった.脳血管障害が疑われ施行された頭部MRIにて,脳梁の異常信号を認めたため入院した.リンパ球減少とCRP高値を認めたが,発熱や呼吸器症状,味覚・嗅覚障害は認めなかった.入院してまもなく,発熱と低酸素血症を認め,さらに娘がPCR陽性であることが判明した.本人にもPCR検査が行われ陽性であることがわかり入院翌日に転院.転院後,小脳性運動失調はすみやかに消失したものの,呼吸器症状は徐々に悪化し,種々の治療が行われたにもかかわらず,入院から発症から12日目に呼吸不全にて死亡した.
【考察】COVID-19の従来,報告にない神経症候を提示した.第1に小脳性運動失調を初発症状としうること,第2に脳梁病変を呈することを示した.本例の神経症候は「可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion;MERS))と伴うものと考えられる.MERSは以下の特徴を示すが,小脳性運動失調はしばしば合併することも知られている.
1.発熱後1週以内に異常言動・行動,意識障害,けいれんなどで発症する.
2.多くは神経症状発症後10日以内に後遺症なく回復する.
3.急性期に脳梁膨大部に拡散強調画像で高信号を呈する.
4.病変は脳梁全体,対称性白質に拡大しうる.
5.病変は1週間以内に消失し,信号異常,萎縮は残さない.
MERSの原因として電解質異常,臓器不全,薬剤が知られているが,本例ではこれらの関与は否定的であった.またウイルス関連MERSも報告され,インフルエンザウイルス,ロタウイルス,ムンプスウイルスにおける報告がある.しかし渉猟した限り,コロナウイルス感染に伴うMERSの報告は見当たらず,コロナウイルス関連MERSとして初めての報告になる.以上より,急性発症の小脳性運動失調の鑑別診断として,COVID-19関連MERSも考慮する必要がある.

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