コラム

医学と医療

2017.02.17

バビンスキー徴候の原著を初めて見る

バビンスキー徴候は,Joseph Babinski先生(1857-1932:ポーランド語でバビニスキ,フランス語でババンスキー)が1896年に記載した,臨床神経学においてもっとも有名な神経徴候である.バビンスキー反射と呼ばれることもあるが,足底皮膚反射のなかのひとつの徴候(sign)であり,「足底皮膚反射のなかのバビンスキー反射という二重構成になるので好ましい表現ではない」と平山惠造先生の神経症候学には記載されている.

実はバビンスキー徴候の原著(1986)は学会の抄録であり,わずか28行の報告であったことは,知る人ぞ知る臨床神経学の歴史の1ページである.しかもこの原著は初版のみで一切増刷されなかったため,入手することが極めて困難と言われていた.しかし今月号のLancet Neurology誌を眺めていたところ,その原著の写真があり,初めて目にすることができた(写真).パリの古い書店に保管されていたそうである.残念ながら自分はフランス語を読むことができないが,感謝すべきことに高橋昭名古屋大学名誉教授が全文を邦訳されておられるので,以下,ご紹介したい(脊椎脊髄28;234-237, 2015).

【いくつかの器質性中枢神経系疾患における足底皮膚反射について】

私は中枢神経系の器質的病変による片麻痺例,下肢の単麻痺例において,足底皮膚反射の乱れ(perturbation)を観察したので,以下に略述する.
足底(注:踵から趾の基部までの範囲)を刺すことにより,正常側では,正常者で通常みられるのと同様に,大腿が骨盤に対して,下腿が大腿に対して,足が下腿に対して,趾が中足に対して,それぞれ屈曲が誘発される. 麻痺側では,大腿,下腿,足の屈曲は同様である.しかし,趾(複数)は屈曲することなく,中足に対して伸展運動をきたす.
これは,発症後わずか数日しか経っていない新鮮な片麻痺例でも,また数ヶ月経った痙性片麻痺例でも観察された;これは,趾の随意運動が不可能な患者でも,また趾の随意運動がまだ可能な症例でも確認した;しかし,この異常は恒常的なものではないことを付記しなければならない.
足底の針刺激後の趾の伸展運動は脊髄の器質病変による下肢の対麻痺の多数例でも観察した.

これを読み,おやっと思ったことは,Babinskiは,足趾(複数)の屈曲は足底の痛み刺激で誘発されると指摘していることである.つまりこの時点では,必ずしも母趾に限っているわけではないこと,こする刺激ではなく痛み刺激であること,そして刺激部位についても詳細に言及していないことに注目する必要がある.

2年後,Babinskiは1898年の論文で,より詳しい観察をまとめ,母趾が伸展すること,こする場所は足底の外側であること,麻痺の強さと出やすさは関係がないこと,錐体路の障害で生じること,新生児でもみられること,ヒステリー・ミオパチー・末梢神経疾患では認めないこと(注:Babinskiの師であるCharcotは晩年,ヒステリーの研究に没頭したことが影響し,ヒステリーで見られない客観的所見を探していた)などを記載している.さらに1903年に,開扇現象(足底の刺激により,しばしば趾の1本ないし数本の外転がみられること;fanning)を報告している.

高橋昭先生は,Babinskiによる上記の3つの報告は,「単なる発見と記載のみでなく,多くの症例の観察を通し,系統的,科学的,分析的に研究を推進して,この現象と器質的な錐体路病変との関連を強調した点に意義がある」と記載されておられる.まったくその通りであると思う.

ちなみに高橋先生の総説では,豊倉康夫先生によるバビンスキー徴候の誘発手技についても紹介されている(Clin Neurosci 18;478, 2000).これによると「下腿の位置はやや外旋位,膝は軽い屈曲ないし伸展位とし,頸は反対側に向け,足の温度は暖かくし,長時間歩行をさせ,緊張時・交感神経緊張状態」に行うとより出やすいようである.Babinskiに劣らず症例の観察を行っていることを示すものであり,感嘆せずにいられなかった.

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