コラム

脳血管障害

2017.12.06

タウ・タンパク質は脳虚血でも重要な治療標的分子である

私は以前から「神経変性疾患の病態に関わる分子の一部は,脳虚血のような別の病態においても,何らかの重要な役割を果たすのではないか」と考えてきた.この仮説に基づき,筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症で重要な役割を果たすTDP43やプログラニュリンにおいて脳虚血後に見られる変化を,動物モデルを用いて検討し,前者は限定分解され,後者は発現が亢進することを見出した(J Neurochem 2011, Brain 2015).

また神経変性疾患である進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症に関心を持って臨床研究を行なってきたが,一番の関心事はタウ・タンパク質を標的とした病態抑止療法実現のための臨床診断の確立である(Mov Disord 2014, 2016).今回,これらの疾患において重要な役割を果たすタウが,脳虚血においても重要な役割をはたすことがオーストラリアの研究者によって報告された.具体的には,タウが興奮性細胞毒性において重要な役割を果たすことを示す報告であった.やはりこういうことがあるのかと思いつつも,論文の内容はかなり驚くものであった.

まず興奮性細胞毒性について説明したい.グルタミン酸は興奮性神経伝達物質として重要な働きをしているが,過剰に存在すると神経細胞毒性を示す.脳虚血後,細胞膜は脱分極するが,このとき細胞外へグルタミン酸が大量に放出され,NMDA受容体のようなグルタミン酸受容体が過剰に活性化されると,カルシウムイオンの細胞内への流入が生じ,カルシウム依存性酵素の活性化,ミトコンドリア機能不全,アポトーシスなどを引き起こし,神経細胞死が誘導される.このため古くから,この興奮性細胞毒性の抑制は,脳虚血の治療戦略のひとつとして考えられてきた.

一方,タウは,中枢および末梢神経系の神経細胞やグリア細胞に発現する微小管結合タンパク質(MAP)のひとつとして発見された.微小管の重合や安定化を調節するが,微小管以外にもさまざまなタンパク質と結合し,脳の成熟,軸策輸送,熱ストレスに対する細胞応答などさまざまな現象に関わっている.さらに近年,シナプス後部で何らかの役割を果たしている可能性が今回の論文の著者らにより指摘されていた.

今回の論文では,タウが脳虚血に何らかの役割を果たしているかを検討する目的で,まずタウ・ノックアウト(KO)マウスに対し一過性脳虚血を行うところから始まっている.このタウKOマウスは,通常では,野生型マウスと比べて表現型に差はない.しかし中大脳動脈の虚血・再灌流を行うと,脳梗塞サイズが極めて小さく(図左),かつ神経障害も軽いことが判明した.その差は,虚血再灌流後6時間からすでに確認された.

論文ではこの機序について徹底的に検討している.結論として「タウはシナプス後部において,興奮性細胞毒性に関わるRas/ERKシグナルカスケードを調整する作用がある」ことを明らかにしている(図右).まず野生型マウスでは,過剰なグルタミン酸が放出されると,シナプス後部に存在するNMDA受容体に結合し,カルシウム流入が起きる.NMDA受容体にはPSD-95が結合し,さらにタウ,SynGAP1(興奮性Ras-ERKシグナルカスケードの抑制性調節因子)が結合し,複合体を形成する.カルシウムの流入はRasへのGTPの結合をもたらし,その後,Ras/Raf/MEK/ERKが順にリン酸化され,最終的に細胞毒性が引き起こされる.これに対し,タウKOマウスでは,タウが存在しないため,NMDA受容体複合体のなかで,PSD-95へのSynGAP1の結合が増加し,その結果として,Ras以下のカスケードが完全に抑制されてしまい,興奮性細胞毒性が生じないことが分かった.

この仮説を検証するために,タウKOマウスにて,SynGAP1発現レベルをRNAiにより抑制すると,マウス脳虚血モデルで脳障害が増悪した.逆にSynGAP1の過剰発現は野生型神経細胞におけるERK活性化を抑制した.以上より,タウはシナプス後部においてSynGAP1結合量をコントロールすることによって,興奮性Ras/ERKシグナルを調節していることが明らかになった.

またこの報告とは別に,Peng Leiらは,同じマウス虚血モデルを検討し,タウが鉄輸送に関わることについて報告している.タウKOマウスでは年齢依存性に脳内に鉄沈着がもたらされることが報告されていた.今回の報告では,タウ欠乏による鉄沈着が,細胞死の1つの機構であるフェロトーシス(Ferroptosis)により脳病変を増悪することを示している.フェロトーシスでは,鉄依存的な脂質過酸化物の蓄積によって,細胞死が生じる.

以上の2つの報告は,タウを標的とした薬剤やフェロトーシス阻害剤が脳梗塞の治療薬になりうることを示すものである.実際に後者の論文では,一過性脳虚血モデルにおいてフェロトーシス阻害剤であるliproxstatin-1が神経障害を抑制している.タウオパチーに対する病態抑止療法が実現すれば,その薬剤をdrug repositioningにて脳梗塞にも使用できる可能性もあるのかもしれない.

Nat Commun. 2017 Sep 7;8(1):473.
Mol Psychiatry. 2017 Nov;22(11):1520-1530.

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