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研修医手記

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岐阜大学医学部附属病院 研修医1年目 坪井 陽平(part33)

kensyuui-33.jpg 研修医として働き始めて早くも半年が過ぎました。日々楽しいこと、辛いこといろいろありますが、明るく楽しい同期や、優秀で頼りがいの有る先輩方に囲まれ、素晴らしい環境の中で充実した研修生活を送らせていただいています。振り返ってみると、できるようになったことも多くあれば、できるようにならなくてはと思いつつも未だにできないことも多くあり、あせる気持ちもわいてきます。

 4月、何もわからない状態で初めての患者さんを担当させてもらいました。初めての受け持ち患者さんの診察を行いに向かったときに、「医師」ですと自己紹介するのにとても自信がもてませんでした。診察の仕方も、話し方もしどろもどろであり、患者さんにとってもなんでこんなやつに診察されているのだろうかと不満を持たれてもおかしくないものでした。しかし、患者さんがかけてくれた言葉は「先生おいくつなの? 若いねえ。私でしっかり勉強していってくださいね」。この言葉をかけられ、ただただ緊張するばかりだった自分も少し落ち着いて診察ができるようになりました。「この人の病気は…、この人の検査結果は…、」と考えながら診察に向かったのですが、コミュニケーションを取ることによって患者さんを患者としてだけ診るのではなく、一人の人としてみる事ができるようになったと感じた初めての瞬間でした。

 医師として働き始めての経験も浅く、勉強不足なことばかりではありますが、まず出来ることは患者さんをみることです。自分だけの力で治療を行うことはまだまだ全然出来ませんが、患者さんのもとに足繁く通い、コミュニケーションを取る中で、「今日は調子が良さそうだな。」とか「いつもとちょっと違って変だな」といったことに気づくことができます。そして早い段階での検査や、治療方針の検討を指導医の先生と話し合うことができ、できないながらにもちょっとは仕事したな、とやりがいを感じられたような気がしました。
 また、初めは患者さんも緊張や警戒心もあり、なかなかに診療がしにくかったりもしますが、頻繁に足を運ぶことで信頼関係が築かれていき色々とやりやすくなってくると思います。自分たち医療関係者の中では常識になっていたり、大したことではないと思われているようなことが患者さんにとっては全く意味のわからないものだったり、大きな不安の種となるようなものだったりすることもあります。そういったことは患者さんの話をよく聞かなければこちらからは気づくことができず、疑問を持ったままの入院生活を送り続けていることもしばしばあるようです。
 そして患者さんの退院の際に「先生、何度も見に来てくれてありがとうございました。色々不安なことも話せておかげさまで楽な気持ちで入院していられました。入院したときに比べてずいぶん先生らしく見えますね。」と言葉をかけていただきました。病気の診断や治療はほとんど行えてはいませんでしたが、こういった事も時間のある研修医だからこそ出来たことかなと思います。今のうちに多くの患者さんとコミュニケーションを取り、一体どんなことが不安なのか知り、どのようにしたらよりよい入院生活だったり、病気との向き合いかただったりをしてもらえるようになるのかといったことを、これからの診療に活かすことが出来るだろうと思います。

 元気に退院できない患者さんもみえました。
 「1週間前まで普通に田植えをしていました。ちょっと咳き込むようになって病院にいったら肺に影を指摘されました。」という一見元気そうな方でした。末期の肺がんでした。私は「担当医に入れてください」という勇気が持てなかったため指導医の先生の診療を見学させていただく形でしたが、入院時のインフォームドコンセントを取るところから同席させていただきました。
 1週間前まで普通に生活していた、今も一見元気な人への厳しい告知。無理をしてでも受け入れようとしているように感じる患者さん本人。どうにか助けられる方法はないのかと必死で勉強をしてきている御家族。
 今後、短ければ数週間という現実の中でどうしていくのかということを考えることになりました。患者さんがどうしたいのかを決めてもらい、自分たちは最善の治療を行い、それを全力でサポートしていく。真摯にそう伝えていました。その後何度も何度も患者さん本人、その御家族との面談を重ね、治療方針も、病態に応じて目まぐるしく変更を加えながらの診療となりました。それでも入院から10日程度、患者さんの希望であった一時帰宅も出来ないままお亡くなりになられました。
 助からない患者さんをみたのはこの時が初めてでした。病気を治すことだけが医師の仕事ではないことは理解していました。しかし実際にそういった現場を経験することで私は大きな衝撃を受けました。

 入院中の患者さん本人は「私は今までの人生いろいろありましたが、運の良い方なのでまだしばらく生きられるでしょう。治療の方は納得しています。先生におまかせします。」とおっしゃられていました。
 患者さんが亡くなられた後の御家族との話では、「今後のことをしっかり話していただけたので、最後は短い時間でしたが本人ともよく話すことができて、大切な時間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました。」という言葉をいただきました。
 私はこの時、患者さんやその御家族と顔を合わせに行くたび、彼ら彼女らの言葉や思いを聞くたびに悲しく、辛い気持ちとなり、出来る限り明るい話をしたい、できることなら会いに行くのも避けたい、そう考えてしまっていました。しかしそれでは皆が現実から目をそらしてしまい、後々には悪い結果へとつながってしまいます。病気を治すことが出来なくても、患者さんと、その御家族とよく話し合い、思いや考えを聞き、真摯に向き合った上でこれからの厳しい状況や辛い治療のことを伝える。それによって満足行く結果は得られなかったとしても、少しでも納得の行く時間の過ごし方を提供出来たのだと思います。10日間という短い期間の中で、そこまでの信頼関係を築き、最善と思われる医療を提供した指導医の先生は本当に素晴らしかったです。

 研修医として現場で働き始めてとても強く感じていることは、患者さんに勉強させてもらっているということです。今までは病気を学び、その診断と治療はどうするのかといったことを学んできました。もちろん今後もそういった勉強はし続けていく必要がありますし、患者さんの病気を実際に治療していく中でも勉強していくことになります。しかし、それよりも大事なことがやはり患者さんとの接し方であるのだと感じています。治ってしまえばどんな態度だろうとそれで感謝されるかもしれません。しかし、どんなに勉強してもどうしようもない病気、どんなに検査しても原因の分からない症状、最善を尽くしたけれども残念な結果になってしまった、予想の出来ないことが起きてしまった、そういったものも多くあります。そのときにどれだけ患者さんと信頼関係が築かれているのか、どれだけ患者さんのことをわかってあげられているのかというのが大切になると思います。今後2年目、3年目となっていけば、出来ることも増えてくると同時に時間もなくなってきます。しかしそうなってきた後も一人ひとりの患者さん、そしてその御家族とも真摯に向き合って診療していける医師になりたいと思っています。

平成30年1月1日


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